判決の概要
ギデオン対ウェインライト事件(Gideon v. Wainwright、1963年)は、アメリカ連邦最高裁が全員一致で、修正第6条の弁護人依頼権は修正第14条のデュー・プロセス条項を通じて州にも及ぶので、弁護士を雇えない重罪の被告人には州が弁護人を付さなければならないと判断した事件です。法廷意見はヒューゴ・ブラック判事が書きました。
- 事件
- 372 U.S. 335(1963年)、9対0
- 争点
- 貧困な被告人の弁護人依頼権
- 根拠
- 修正第6条+第14条
- 変更された判例
- ベッツ対ブレイディ(1942年)
事実関係
1961年、フロリダ州でクラレンス・アール・ギデオンはビリヤード場に侵入して物を盗んだ疑いで起訴されました。弁護人を求めましたが、当時のフロリダ州法では国選弁護人は死刑事件にしか付かず、拒否されました。自分で弁論したギデオンは有罪となり懲役5年を言いわたされます。彼は刑務所から鉛筆で手書きした申立書を連邦最高裁に送り、最高裁が審理を受けいれました。
判決の内容
最高裁は、特別な事情がある場合にだけ弁護人を付ければよいとした1942年のベッツ対ブレイディ判決を変更しました。ブラック判事は「貧しくて弁護士を雇えない者は、弁護人が付されないかぎり公正な裁判を保障されない」と述べ、弁護人の援助を公正な裁判の基本的な権利と位置づけました。
この判決は、ひとりの受刑者の鉛筆の手紙から始まりました。弁護人が付いたやり直しの裁判で、ギデオンは無罪となりました。同じ人、同じ証拠なのに、結果を変えたのは弁護人の存在でした。
その後の展開
| 判決 | 内容 | |
|---|---|---|
| アージャーシンガー対ハムリン(1972年) | 拘禁刑が科されうる軽罪にも拡大 | |
| 미란다 대 애리조나 판결 | ミランダ判決(1966年) | 取調べ段階での弁護人の権利の告知 |
| ストリックランド対ワシントン(1984年) | 弁護が実質的に有効だったかの基準 |
判決後、各州で公設弁護人(パブリック・ディフェンダー)の制度が広がりましたが、担当件数の多さや予算不足はいまも課題です。アンソニー・ルイスの『ギデオンのトランペット』(1964年)や同名の映画でも知られています。
日本との比較
日本では憲法37条3項が「被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する」と定め、国選弁護制度があります。2006年からは起訴前の被疑者にも国選弁護が導入され、その後対象が広げられてきました。
よくある質問
- ギデオン判決のポイントは?
- 州の刑事裁判でも、貧しい重罪の被告人には国が付ける弁護人の援助を受ける憲法上の権利がある、ということです。
- ギデオンはその後どうなりましたか?
- 1963年、弁護人の付いた再審理で無罪の評決を受けました。
- 軽い罪にも適用されますか?
- 1972年のアージャーシンガー判決で、拘禁刑が科されうる事件にまで広げられました。
参考文献
- Gideon v. Wainwright, 372 U.S. 335 (1963).
- Betts v. Brady, 316 U.S. 455 (1942).
- Argersinger v. Hamlin, 407 U.S. 25 (1972).
- Lewis, A. (1964). Gideon’s trumpet. New York: Random House.
