概要
オーストリアのブリュン(現在のチェコ・ブルノ)の修道士グレゴール・メンデルは、修道院の庭でエンドウの交配実験を行い、その結果を1865年にブリュン自然科学会で発表し、1866年に会誌に「植物雑種に関する実験」として掲載しました。当時はほとんど注目されませんでしたが、1900年にド・フリース、コレンス、チェルマクがそれぞれ同じ結果を得たことで再発見され、ベイトソンが1902年の『メンデルの遺伝原理』で広めました。
実験の設計
エンドウは自家受粉するため純系を得やすく、人工授粉で交配を管理でき、種子の形(丸/しわ)や色(黄/緑)のようにはっきり区別できる形質があります。メンデルは7対の対立形質を選び、数世代にわたって子孫の数を数えて比率を分析しました。このように数量化する方法は当時としては新しいものでした。
優性の法則
丸い種子の純系としわのある種子の純系を交配すると、雑種第一代(F1)はすべて丸い種子になりました。F1に現れる形質を優性(顕性)、現れない形質を劣性(潜性)と呼びます。韓国や日本の教科書では優性の法則として教えますが、優性は常に完全とは限らないため、現在は分離の法則と独立の法則だけを「法則」とみなすことが多くあります。
分離の法則
F1(Rr)どうしを自家受粉させると、雑種第二代(F2)では丸い種子としわのある種子がおよそ3:1で現れます。メンデルは、各個体が1つの形質について2つの遺伝要素(現在の対立遺伝子)をもち、配偶子をつくるときにその2つが1つずつ分かれて入ると説明しました。そのためF2の遺伝子型はRR:Rr:rr=1:2:1になります。優性の形質を示す個体の遺伝子型を調べるには、劣性の純系(rr)と交配する検定交雑を行い、雑種(Rr)なら子は1:1になります。
独立の法則
種子の形と色のように2対の形質を同時に見る両性雑種(RrYy)の交配では、F2の表現型が9:3:3:1になりました。それぞれの形質が3:1で分離し、その組み合わせが掛け合わされた結果であり、異なる形質の遺伝子が互いに独立して配偶子に入ることを意味します。
例外と意義
- 不完全優性:オシロイバナでは赤花と白花の交配でF1が桃色になります。
- 共優性:ABO式血液型のAB型のように、両方の対立遺伝子が表れます。
- 連鎖:同じ染色体上の近くにある遺伝子は一緒に伝わりやすく、独立の法則が成り立ちません。モーガン(1911)のショウジョウバエ研究がこれを示しました。
- 多因子遺伝:身長のように多くの遺伝子が関わる形質は連続的に分布します。
それでもメンデルの法則は、遺伝が混ざり合う液体のようにではなく粒子のような単位で伝わることを示し、現代遺伝学の出発点となりました。形質が遺伝子だけで決まるのかという問いは遺伝と環境の論争に、長く埋もれた後に再評価された経緯は科学の暫定性にもつながります。
出典確認日:2026-10-16
参考文献
- Mendel, G. (1866). Versuche über Pflanzen-Hybriden. Verhandlungen des naturforschenden Vereines in Brünn, 4, 3–47.
- Bateson, W. (1902). Mendel's Principles of Heredity: A Defence. Cambridge: Cambridge University Press.
- Morgan, T. H. (1911). Random segregation versus coupling in Mendelian inheritance. Science, 34(873), 384.