コミュニケーションの公理とは
コミュニケーションの公理は、アメリカ・パロアルトのMRI(メンタル・リサーチ・インスティテュート)の研究者、ポール・ワツラウィック、ジャネット・ビーヴン・バヴェラス、ドン・ジャクソンが1967年の『人間コミュニケーションの語用論』でまとめた原理です。グレゴリー・ベイトソンのダブルバインド理論を受け継ぎ、問題を個人の心の中ではなく、人と人とのやりとりのパターンから理解しようとしました。看護・福祉・教育系の授業でも「家族システム論」とあわせてよく扱われます。
- 第1公理
- コミュニケーションしないことは不可能である
- 第2公理
- すべてのコミュニケーションには内容と関係の側面がある
- 第3公理
- 関係の性質は、やりとりの連続にどう句読点を打つかで決まる
- 第4公理
- コミュニケーションにはデジタルとアナログの様式がある
- 第5公理
- やりとりは対称的か相補的のどちらかである
5つの公理をくわしく
第1公理:コミュニケーションしないことはできない
人には「行動しない」ということがないため、黙っていることもメッセージになります。電車でずっとスマホを見ている人は「話しかけないで」と伝えていますし、夫婦げんかのあとの無言は「まだ怒っている」というサインになります。
第2公理:内容と関係
どんなメッセージにも、何を伝えるか(内容)と、私たちはどういう関係か(関係)が含まれます。「この資料、今日中にお願い」という一言でも、穏やかな依頼か、いらだった命令かで関係のメッセージは変わります。関係の側面は、内容をどう受け取るべきかを示すメタコミュニケーションの役割を果たします。食器洗いをめぐる口論の本当のテーマが「大事にされていない」という気持ちなら、食器洗いの話だけしていても解決しません。
第3公理:句読点の打ち方
やりとりは切れ目なく続いていますが、人はそれぞれ「ここから始まった」と区切って理解します。妻は「夫が黙るから私が小言を言う」、夫は「妻が小言を言うから黙る」と考えます。お互いが相手を原因と見る悪循環です。
第4公理:デジタルとアナログ
デジタルなコミュニケーションは言葉のように約束ごとにもとづく記号で、論理的な内容を正確に伝えます。アナログなコミュニケーションは表情、声のトーン、しぐさなどで、関係や感情を伝えます。「大丈夫」という言葉と、こわばった表情が食い違うと、受け手は混乱します。日本語の「察する」文化では、特にアナログな手がかりが重視されがちです。
第5公理:対称と相補
対称的な関係は、似た行動を返し合う関係(張り合う同期)、相補的な関係は、異なる行動がかみ合う関係(教える人と教わる人、先輩と後輩)です。どちらも悪いわけではありませんが、対称がエスカレートすると果てしない張り合いに、相補が固定化すると一方的な支配になりやすくなります。
5つの公理に共通するのは、「どちらが正しいか」より「どんなパターンが繰り返されているか」に目を向けることです。パターンが変われば、同じ二人でも関係は変わりえます。
家族療法や支援の場での使い方
| 公理 | 注目すること | 声かけ・介入の例 |
|---|---|---|
| 第1 | 沈黙や回避もメッセージ | 「黙っているとき、何をわかってほしかったのでしょう」 |
| 第2 | 内容の対立の下にある関係の対立 | 「本当に食器洗いの話でしょうか」 |
| 第3 | 句読点の打ち方の違い | 円環的質問で悪循環の輪を一緒に描く |
| 第4 | 言葉と非言語のずれ | 言葉と表情の違いをていねいに言葉にしてみる |
| 第5 | 固定した対称・相補関係 | ふだんの役割を入れ替える課題を出す |
この公理は、MRIの短期療法、戦略的家族療法、ミラノ派の円環的質問など、システムズアプローチの土台になりました。家族内のやりとりについては家族コミュニケーション理論、家族をひとつのシステムとして見る考え方は家族システム理論で解説しています。
限界
- 「公理」という名前ですが、数学のように証明された原理ではありません。
- 第1公理については、意図しない行動までコミュニケーションと呼ぶべきかをめぐって議論があります。
- 権力関係、ジェンダー、文化の違いを十分に扱っていないという批判もあります。
よくある質問
- コミュニケーションの公理はいくつありますか?
- 5つです。コミュニケーションの不可避性、内容と関係、句読点、デジタルとアナログ、対称と相補です。
- メタコミュニケーションとは何ですか?
- コミュニケーションについてのコミュニケーションのことで、「今のは冗談だよ」のように、メッセージの受け取り方を示すものです。第2公理の関係の側面が代表例です。
- ダブルバインド理論との関係は?
- どちらも同じパロアルトの研究グループから生まれました。ダブルバインドは、内容と関係(またはデジタルとアナログ)のメッセージが矛盾し、その場から抜け出せないときに起こるパターンとして説明されます。
参考文献
- Watzlawick, P., Beavin Bavelas, J., & Jackson, D. D. (1967). Pragmatics of Human Communication: A Study of Interactional Patterns, Pathologies, and Paradoxes. W. W. Norton.
- Bateson, G. (1972). Steps to an Ecology of Mind. Chandler.
- Beavin Bavelas, J. (1992). Research into the pragmatics of human communication. Journal of Strategic and Systemic Therapies, 11(2), 15–29.
- Watzlawick, P., Weakland, J. H., & Fisch, R. (1974). Change: Principles of Problem Formation and Problem Resolution. W. W. Norton.
- Mental Research Institute, Palo Alto (mri.org)
