コミュニタリアニズムとは
コミュニタリアニズム(共同体主義)とは、人間を共同体から切り離された独立した個人としてではなく、家族、地域、民族、伝統などの共同体のなかでアイデンティティや価値観を形づくる存在としてとらえる政治哲学です。正義や権利も、個人の選択だけでなく共同体がともに追求する共通善と結びつけて考えるべきだと主張します。1980年代にロールズの『正義論』に代表されるリベラリズムを批判するかたちで登場し、「リベラル・コミュニタリアン論争」と呼ばれる議論を生みました。
📌 ひと目でわかる
- 登場
- 1980年代
- 代表的な論者
- サンデル、マッキンタイア、ウォルツァー、テイラー
- 中心概念
- 位置づけられた自我、共通善
- 批判の対象
- ロールズのリベラリズム
おもな論者と主張
- マイケル・サンデル:ロールズが原初状態で想定した自己を、どんな目的や関係にも縛られない負荷なき自我だと批判しました。現実の人間は家族や国家、歴史に結びついた位置づけられた自我だというのです(『リベラリズムと正義の限界』1982年)。
- アラスデア・マッキンタイア:近代の道徳は共同体の伝統と美徳を失って混乱していると診断し、アリストテレス的な徳倫理の回復を説きました(『美徳なき時代』1981年)。
- マイケル・ウォルツァー:お金、公職、教育、医療などの財には共同体が与えた意味があり、領域ごとにふさわしい分配の基準があるとする複合的平等を唱えました(『正義の領分』1983年)。
- チャールズ・テイラー:自己は対話と承認のなかで形成されるとし、原子論的な個人主義を批判しました。
リベラリズムとの比較
| 項目 | リベラリズム(ロールズ) | コミュニタリアニズム |
|---|---|---|
| 人間観 | 自律的に選択する個人 | 共同体のなかで形成される自己 |
| 優先順位 | 正(正義)が善に優先する | 善(共通善)と切り離せない |
| 国家の役割 | 価値に対して中立 | 共同体の美徳や市民的徳の涵養 |
| 強調点 | 個人の権利 | 責任、連帯、帰属 |
日本でコミュニタリアニズムが一気に身近になったのは、テレビ番組がきっかけでした。2010年にNHKで放送された「ハーバード白熱教室」と、サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』のヒットで、「正義」をめぐる議論がブームになり、リベラリズムと共同体主義の対比は大学の教養科目や高校の倫理の定番テーマになりました。
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批判と意義
共同体の価値を優先すると、少数者や個人の自由を抑圧しかねないこと、どの共同体の価値を基準にするのかがあいまいなことが批判されます。サンデル自身も「コミュニタリアン」というラベルに距離を置いてきました。それでも、市場の論理があらゆる領域に広がることや市民の連帯の弱まりを問い直すきっかけを与えた点で、大きな意義があります。
よくある質問
- コミュニタリアニズムは全体主義と同じですか?
- ちがいます。民主主義と個人の権利を認めたうえで、共通善と責任をあわせて重視する立場です。
- 功利主義とはどうちがいますか?
- 功利主義は幸福の総量を基準にし、コミュニタリアニズムは共同体の美徳と共通善を基準にします。
参考文献
- Sandel, M. J. (1982). Liberalism and the Limits of Justice. Cambridge University Press.
- MacIntyre, A. (1981). After Virtue. University of Notre Dame Press.
- Walzer, M. (1983). Spheres of Justice. Basic Books.
- Taylor, C. (1989). Sources of the Self. Harvard University Press.
- Etzioni, A. (1993). The Spirit of Community. Crown.
- Sandel, M. J. (2009). Justice: What’s the Right Thing to Do? Farrar, Straus and Giroux.
