背景
第一次世界大戦の惨禍は、西洋の理性と進歩への信頼を打ち砕きました。大戦中のチューリッヒで生まれたダダは既存の芸術と論理を嘲笑し破壊しましたが、パリのダダに加わっていた詩人アンドレ・ブルトンは破壊を超える新たな創造の原理を求めました。1924年、彼は『シュルレアリスム宣言』でシュルレアリスムを「純粋な心的オートマティスム」であり、「理性による一切の統制がなく、美的・道徳的なあらゆる配慮の外で行われる思考の書き取り」と定義しました。
思想的基盤:フロイトと夢
医学を学ぶなかで精神分析に触れたブルトンは、フロイトの『夢判断』(1900)から大きな影響を受けました。夢と無意識は抑圧された欲望が現れる通路であり、夢と現実という矛盾する二つの状態が一種の絶対的現実、すなわち「超現実」へと解消されうると考えたのです。シュルレアリスムは芸術にとどまらず生と社会を変える革命運動を自任し、一時は共産党とも連帯しました。
主な手法
- 自動記述(オートマティスム):思考を検閲せずに素早く書き、描く方法です。ブルトンとスーポーの『磁場』(1920)が文学上の出発点です。
- フロッタージュとデカルコマニー:マックス・エルンストは木目に紙を当てて擦ったり(フロッタージュ)、絵具を押し付けて剥がしたり(デカルコマニー)して、偶然の形からイメージを引き出しました。
- デペイズマン:事物を本来の文脈から切り離し場違いな場所に置いて、違和感と衝撃を生む手法です。ロートレアモンの「解剖台の上でのミシンと雨傘の偶然の出会い」が象徴的な言葉です。
- 偏執狂的批判的方法:サルバドール・ダリが考案した、一つの形が複数のイメージに読める二重像を意図的につくる方法です。
主な作家と作品
- サルバドール・ダリ:《記憶の固執》(1931)の溶ける時計で夢の時間を写実的に描きました。
- ルネ・マグリット:《イメージの裏切り》(1929)でパイプの絵の下に「これはパイプではない」と記し、イメージ・言語・実在の関係を問いました。
- ジョアン・ミロとアンドレ・マッソン:自動記述に近い抽象的な形で無意識を表現しました。
- ジョルジョ・デ・キリコ:がらんとした広場と長い影の「形而上絵画」で運動の先駆者となりました。
影響と評価
第二次世界大戦中に多くの作家がアメリカへ亡命したことで、自動記述は抽象表現主義に影響を与え、シュルレアリスムのイメージは広告・映画・写真・ファッションにも広がりました。写実的再現から離れた点では印象派以降の近代美術の流れを受け継ぎますが、視覚的印象ではなく内面の無意識を対象とした点が異なります。一方で、ブルトンの独断的な除名、女性をミューズとしてのみ扱う視線、精神分析への過度の依存は批判の対象となりました。
参考文献
- Breton, A. (1924). Manifeste du surréalisme. Paris: Éditions du Sagittaire (Simon Kra).
- Nadeau, M. (1965). The History of Surrealism (R. Howard, Trans.). New York: Macmillan. (Original work published 1964)
- Freud, S. (1900). Die Traumdeutung. Leipzig und Wien: Franz Deuticke.