実践理性とは
カントは、私たちは何を知りうるかを問う理論理性と、何をなすべきかを定める実践理性とを区別しました。実践理性は意志を規定する理性の能力であり、『人倫の形而上学の基礎づけ』(1785)と『実践理性批判』(1788)は、純粋実践理性が経験や欲求とは無関係に道徳法則を与えうることを示そうとしました。
善意志と義務
『基礎づけ』は、この世界で無制限に善いとみなしうるものは善意志のほかにないという主張で始まります。評判を守るためだけに客をだまさない商人は、単に義務に「かなった」行為をしているにすぎず、義務「から」なされた行為だけが道徳的価値をもちます。
仮言命法と定言命法
「健康でいたいなら運動せよ」のように望む目的を条件とする命令は仮言命法です。定言命法はあらゆる理性的存在者に無条件に妥当し、カントはそれをいくつかの定式で表しました。
- 普遍的法則の定式:その格率が普遍的法則となることを、その格率を通じて同時に意欲できるような格率に従ってのみ行為せよ。
- 人間性の定式:自分の人格であれ他者の人格であれ、その人間性を常に同時に目的として扱い、決して単に手段としてのみ扱わないように行為せよ。
- 自律と目的の国の定式:目的の国の成員として、すなわち自ら普遍的法則を立法する理性的存在者として行為せよ。
自律
道徳法則は神や社会や欲求によって外から課されるものではなく、理性が自らに与える法則です。カントはこれを意志の自律と呼び、法則が外から来る他律と区別しました。自律は人間の尊厳の根拠でもあります。
最高善と実践理性の要請
『実践理性批判』でカントは、徳とそれに比例する幸福とが結びついた最高善を道徳の究極の対象とみなしました。それを可能にするため、理論的には証明できないが実践的には受け入れなければならないものとして、自由、魂の不死、神の存在を実践理性の要請として提示しました。
批判
ヘーゲルは定言命法を具体的内容のない空虚な形式主義だと批判しました。功利主義者は結果を無視していると主張し、カントの厳格な嘘の禁止(殺人者に対してさえ嘘をついてはならないとする1797年の論文)は、義務が衝突する場合に硬直的すぎると批判されています。それでも、人間の尊厳と自律という彼の考えは、近代の人権思想やロールズのような正義論に大きな影響を与えました。
参考文献
- Kant, I. (1785). Grundlegung zur Metaphysik der Sitten. Riga: Hartknoch. (Gregor, M. & Timmermann, J., Trans. (2012). Groundwork of the Metaphysics of Morals. Cambridge University Press.)
- Kant, I. (1788). Kritik der praktischen Vernunft. Riga: Hartknoch. (Gregor, M., Trans. (2015). Critique of Practical Reason. Cambridge University Press.)
- Hegel, G. W. F. (1820). Grundlinien der Philosophie des Rechts. Berlin: Nicolai.
- Wood, A. W. (1999). Kant's Ethical Thought. Cambridge University Press.
- Korsgaard, C. M. (1996). Creating the Kingdom of Ends. Cambridge University Press.