人口の原理
英国の聖職者で経済学者のトマス・マルサスは、1798年に匿名で出版した『人口の原理に関する一論』で、ゴドウィンやコンドルセの人類の無限の進歩論に反論しました。彼は2つの公準から出発しました。食料は人間の生存に必要であり、両性間の情念は今後も変わらないというものです。そして人口は制限されなければ25年ごとに倍増し、1、2、4、8、16のように幾何級数的に増えるが、食料はせいぜい1、2、3、4、5のように算術級数的にしか増えないと主張しました。土地が固定されていて収穫逓減が働くためです。その結果、人口は常に食料の限界に突き当たり、一時的に賃金が上がっても人口が増えて最終的に生存水準に戻ると考えました。この論理はリカード(1817年)の地代論と賃金生存費説に影響を与え、経済学が「陰鬱な科学」と呼ばれるきっかけとなりました。
制限とマルサスの罠
マルサスは人口を食料水準に合わせる制限を2種類に分けました。「積極的制限」は飢饉、疫病、戦争、乳児死亡のように死亡率を高めるもので、「予防的制限」は結婚を遅らせるなど出生率を下げるものです。1803年の改訂版では晩婚や禁欲のような「道徳的抑制」を強調し、人類が悲劇を避ける余地を認めました。彼は救貧法が貧民の出産を促してかえって貧困を悪化させると批判しもしました。生存競争についてのマルサスの記述は、ダーウィン(1859年)が自然選択説を着想するうえで決定的な示唆を与えました。経済史家クラーク(2007年)は1800年以前の数千年間、技術が進歩してもその利益は人口増加に吸収されて1人当たり所得はほとんど増えなかったとし、この「マルサスの罠」が産業革命以前の世界をよく説明すると考えました。アシュラフとガロー(2011年)も技術水準が1人当たり所得ではなく人口密度を高めたという実証的証拠を示しました。
反論と現代の評価
産業革命以後、技術進歩と出生率低下によって1人当たり所得が持続的に増え、マルサスの予測は外れました。ボズラップ(1965年)は人口圧力がむしろ農業の革新を刺激すると反論し、クレマー(1993年)は人口が多いほどアイデアを生む人が多くなり技術進歩が速まるというモデルを示しました。それでもエーリック(1968年)の『人口爆弾』やローマ・クラブ(1972年)の『成長の限界』のような新マルサス主義は資源枯渇と環境危機を警告しました。サイモン(1981年)は人間の創意こそ「究極の資源」だと対抗し、1980年のエーリックとの資源価格の賭けに勝ちました。ガローとワイル(2000年)の統一成長理論は、マルサス的停滞期、技術進歩が人的資本の需要を高める移行期、そして人口転換と持続的成長期を1つのモデルで説明し、マルサス理論を経済成長史の第1段階として再解釈しました(ガロー、2011年)。
よくある質問
- マルサスの人口論を簡単に言うと?
- 人口は2、4、8のように速く増えるが食料は1、2、3のようにゆっくりしか増えないため、最終的に飢饉や疫病が人口を減らし、人々の生活はかろうじて食べていける水準にとどまるという理論です。
- マルサスの予測はなぜ外れたのですか?
- 産業革命以後、技術進歩で食料と生産が人口より速く増え、人口転換で出生率も下がったため、1人当たり所得が持続的に高まったからです。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
- Malthus, T. R. (1798). An Essay on the Principle of Population. London: J. Johnson.
- Malthus, T. R. (1803). An Essay on the Principle of Population (2nd ed.). London: J. Johnson.
- Ricardo, D. (1817). On the Principles of Political Economy and Taxation. London: John Murray.
- Darwin, C. (1859). On the Origin of Species. London: John Murray.
- Boserup, E. (1965). The Conditions of Agricultural Growth. London: Allen & Unwin.
- Ehrlich, P. R. (1968). The Population Bomb. New York: Ballantine Books.
- Meadows, D. H., Meadows, D. L., Randers, J., & Behrens, W. W. (1972). The Limits to Growth. New York: Universe Books.
- Simon, J. L. (1981). The Ultimate Resource. Princeton: Princeton University Press.
- Galor, O., & Weil, D. N. (2000). Population, technology, and growth: From Malthusian stagnation to the demographic transition and beyond. American Economic Review, 90(4), 806–828.
- Clark, G. (2007). A Farewell to Alms: A Brief Economic History of the World. Princeton: Princeton University Press.
- Ashraf, Q., & Galor, O. (2011). Dynamics and stagnation in the Malthusian epoch. American Economic Review, 101(5), 2003–2041.
- Kremer, M. (1993). Population growth and technological change: One million B.C. to 1990. Quarterly Journal of Economics, 108(3), 681–716.
- Galor, O. (2011). Unified Growth Theory. Princeton: Princeton University Press.
