マルコフ・スイッチング・モデルとは
マルコフ・スイッチング・モデル(Markov switching model)とは、時系列が観測できないいくつかのレジーム(局面)のあいだを行き来し、レジームごとに平均・分散・自己回帰係数などのパラメータが変わると考えるモデルです。「レジーム・スイッチング・モデル」とも呼ばれます。レジームの切り替わりは、今期のレジームが直前のレジームだけに依存するマルコフ連鎖にしたがうと仮定します。経済学では、ジェームズ・ハミルトン(1989年)がアメリカのGNP成長率を拡張期と後退期の2つのレジームに分けて分析したことで広まりました。
- 提唱
- J. D. ハミルトン(1989年)
- レジーム
- 観測されない隠れた状態
- 主なパラメータ
- レジーム別パラメータ、推移確率
- 応用
- 景気循環、金利、ボラティリティ
モデルの構造
2レジームのモデルなら、成長率 yₜ の平均がレジーム sₜ に応じて μ₁(拡張)または μ₂(後退)となります。レジームは次の推移確率行列で切り替わります。
| 今期\来期 | 拡張 | 後退 |
|---|---|---|
| 拡張 | p₁₁ | 1−p₁₁ |
| 後退 | 1−p₂₂ | p₂₂ |
p₁₁が大きいほど拡張期が長く続きます。レジームの期待継続期間は 1/(1−p₁₁) で求められます。
わかること
- レジーム確率:各時点が後退期である確率がわかります。その時点までの情報だけを使うフィルター確率と、全期間の情報を使う平滑化確率があります。
- 景気判断:ハミルトン・モデルで推定した後退確率は、全米経済研究所(NBER)の景気基準日付とよく一致することが知られています。日本でも、内閣府の景気基準日付と比べる研究が行われてきました。
- 非対称性:後退期は短く急激で、拡張期は長くゆるやかという景気循環の非対称性を自然に表せます。
推定と応用
推定には、ハミルトン・フィルターを用いた最尤法やEMアルゴリズム、ベイズ推定(ギブス・サンプリング)が使われます。金融では金利のレジーム転換(Ang & Bekaert, 2002)や、株式市場の高ボラティリティ・低ボラティリティ局面の分析に応用されています。
このモデルの魅力は、「景気後退がいつ始まったか」をデータ自身に語らせる点にあります。研究者が後退の時期をあらかじめ決めなくても、モデルが時点ごとの後退確率を計算してくれるため、景気判断を客観的な数字で示せるのです。
よくある質問
- 構造変化モデルとのちがいは?
- 構造変化モデルは一度変わると戻らないことが多いのに対し、マルコフ・スイッチング・モデルではレジームが何度も行き来できます。
- 隠れマルコフモデル(HMM)と同じですか?
- 基本的な考え方は同じです。経済学では自己回帰構造と組み合わせたものを主にマルコフ・スイッチング・モデルと呼びます。
参考文献
- Hamilton, J. D. (1989). A new approach to the economic analysis of nonstationary time series and the business cycle. Econometrica, 57(2), 357–384.
- Kim, C.-J., & Nelson, C. R. (1999). State-Space Models with Regime Switching. MIT Press.
- Hamilton, J. D. (1994). Time Series Analysis. Princeton University Press.
- Ang, A., & Bekaert, G. (2002). Regime switches in interest rates. Journal of Business & Economic Statistics, 20(2), 163–182.
