国家論の論争と国家中心アプローチ
1960〜70年代のマルクス主義国家論では、国家は支配階級の道具だとする「道具主義」と、国家は資本主義体制を維持するために個々の資本家からある程度距離をとるという「相対的自律性」の議論が対立しました。多元主義もまた、国家を利益集団の競争の場とみる傾向がありました。スコチポル(1979年)はフランス、ロシア、中国の革命を比較し、国家は国際競争と国内秩序の維持という独自の利害をもつ行為者だと主張しました。エヴァンスら(1985年)の編著『国家を呼び戻す』はこうした国家中心アプローチを代表し、その後の歴史的制度論の発展にも大きな影響を与えました。
自律性、能力、基盤的権力
スコチポルとファインゴールド(1982年)は、アメリカのニューディール初期に農業政策が成功し産業政策が失敗した理由を、その分野に熟練した官僚組織があったかどうかで説明しました。国家が自律的に目標を立てても、それを実行する「国家能力」がなければ意味がないということです。マン(1984年)は国家権力を二つに分けました。社会と協議せずにエリートが思いのままに行使する「専制的権力」と、徴税や行政網のように社会の奥深くに浸透して政策を実行する「基盤的権力」です。近代国家は専制的権力は弱いものの基盤的権力はきわめて強い点が特徴です。クラズナー(1984年)は、こうした国家中心アプローチを他の国家論と比較して整理しました。
埋め込まれた自律性と批判
エヴァンス(1995年)は韓国、ブラジル、インドの工業化を比較し、「埋め込まれた自律性」という概念を示しました。成功した発展国家では、有能な官僚が特定の利益に振り回されない自律性をもちながらも、企業との緊密な情報交換のネットワークの中に「埋め込まれて」いたというのです。自律性だけがあり社会から切り離された国家は略奪的になりやすく、つながりだけがあり自律性のない国家は特定の集団に取り込まれやすくなります。一方ミッチェル(1991年)は、国家と社会の境界そのものがはっきりせず、つくられた効果であるとして、国家を一つの独立した行為者とみる見方を批判しました。国家の内部の省庁や勢力がそれぞれ異なる目標をもつ点も指摘されています。
よくある質問
- 国家の自律性を簡単に言うと?
- 国家は力のある階級や利益集団の意向に従うだけの道具ではなく、自ら目標を立てて押し進めることのできる独立した主体だという考えです。
- 埋め込まれた自律性とは何ですか?
- 官僚が特定の利益に振り回されないほど独立していながら、企業や社会と緊密につながって情報をやりとりしている状態のことです。エヴァンスは、これが韓国のような発展国家の成功の鍵だと考えました。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
- Skocpol, T. (1979). States and Social Revolutions: A Comparative Analysis of France, Russia, and China. Cambridge: Cambridge University Press. 国家を独自の行為者とみた比較歴史研究で、国家の自律性の議論の出発点を見るのに参考になります。
- Skocpol, T., & Finegold, K. (1982). State capacity and economic intervention in the early New Deal. Political Science Quarterly, 97(2), 255–278. ニューディール政策の成否を国家能力で説明した論文で、自律性と能力の関係を見るのに役立ちます。
- Mann, M. (1984). The autonomous power of the state: Its origins, mechanisms and results. European Journal of Sociology, 25(2), 185–213. 専制的権力と基盤的権力を区別した代表的な論文で、国家権力の性格を理解するのに参考になります。
- Krasner, S. D. (1984). Approaches to the state: Alternative conceptions and historical dynamics. Comparative Politics, 16(2), 223–246. 国家論のさまざまなアプローチを比較したレビューで、国家中心アプローチの位置を見るのに役立ちます。
- Evans, P. B., Rueschemeyer, D., & Skocpol, T. (Eds.). (1985). Bringing the State Back In. Cambridge: Cambridge University Press. 「国家を呼び戻せ」という標語を生んだ編著で、国家中心の研究の流れを見るのに参考になります。
- Mitchell, T. (1991). The limits of the state: Beyond statist approaches and their critics. American Political Science Review, 85(1), 77–96. 国家と社会の境界そのものを問題にした批判で、国家の自律性という概念の限界を見るのに役立ちます。
- Evans, P. B. (1995). Embedded Autonomy: States and Industrial Transformation. Princeton, NJ: Princeton University Press. 韓国などの発展国家の「埋め込まれた自律性」を分析した本で、自律性と社会的なつながりの均衡を見るのに参考になります。
