基本的な論理
フィアロン(1995年)は、戦争には人命と資源の損失という費用がかかるため、合理的な二国であれば戦争の結果をあらかじめ予想し、それに見合った合意をするほうが双方にとってよいと考えました。たとえば戦争をすれば一方が70%の確率で勝つと互いに知っているなら、その期待結果に近い取り分で争点を分ければ戦争の費用を節約できます。したがって双方が戦争より好む「交渉範囲」が存在します。交渉モデルの問いは「なぜ戦争が起こるのか」から「こうした合意が可能なのになぜ交渉が失敗するのか」へと変わります。
交渉が失敗する理由
フィアロンは三つの合理的説明を示しました。第一に、各国は自国の軍事力や決意について私的情報を持ち、よりよい条件を得るためにはったりをかける誘因があるので、相手は正確な情報を信じられません。第二に、力の分布が変化するとき、強くなる側が将来約束を守ると信じられないコミットメント問題が生じます。これは予防戦争の論理とつながります。第三に、争点が分割できない性質をもつと妥協が難しくなります。パウエル(2006年)は複数の戦争原因をコミットメント問題としてまとめて説明しました。観衆費用理論は、情報の問題を減らすシグナルの手段としてこのモデルと結びついています。
戦争中の交渉と評価
ワグナー(2000年)は、戦争を交渉が終わった状態ではなく交渉過程の一部とみるべきだと主張しました。フィルソンとワーナー(2002年)は、戦闘の結果が互いの力についての情報を明らかにし、それに応じて要求水準が調整されて終戦に至るというモデルを示しました。スランチェフ(2003年)は、戦争が進むにつれて双方の期待が収束したときに合意が成立するという「収束の原理」を分析しました。ライター(2003年)はこの研究の流れを整理し、レイク(2010年)はイラク戦争を分析して、交渉理論は有用だが指導者の誤認や国内政治といった要因もあわせて考える必要があると評価しました。交渉モデルはゲーム理論を国際紛争研究に応用した代表的な例です。
よくある質問
- 戦争の交渉モデルを簡単に言うと?
- 戦争は費用が大きいので、二国とも戦わずに合意するほうが得です。それでも相手の力を正確に知らなかったり相手の約束を信じられなかったりすると交渉が決裂し、戦争が起こると説明する理論です。
- 交渉モデルでいうコミットメント問題とは?
- 今合意しても、後で力が大きくなった側がその合意を破りうるため、相手が約束を信じられない問題です。そのため弱くなる側は、まだ有利なうちに戦うことを選ぶ場合があります。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
- Fearon, J. D. (1995). Rationalist explanations for war. International Organization, 49(3), 379–414. 交渉モデルの出発点となった論文で、情報の問題とコミットメント問題がなぜ戦争を生むのかを知りたいときにまず参考になります。
- Wagner, R. H. (2000). Bargaining and war. American Journal of Political Science, 44(3), 469–484. 戦争そのものを交渉過程の一部とみる観点を示しており、戦争中も交渉が続くという考えを理解するのに参考になります。
- Filson, D., & Werner, S. (2002). A bargaining model of war and peace: Anticipating the onset, duration, and outcome of war. American Journal of Political Science, 46(4), 819–837. 戦争の開始・期間・結果を一つのモデルで説明しており、戦闘が情報を明らかにする過程であることがわかります。
- Reiter, D. (2003). Exploring the bargaining model of war. Perspectives on Politics, 1(1), 27–43. 交渉モデル研究の全体をわかりやすくまとめたレビューで、初めて学ぶときに全体像をつかむのに参考になります。
- Slantchev, B. L. (2003). The principle of convergence in wartime negotiations. American Political Science Review, 97(4), 621–632. 戦争中に双方の期待が収束して終戦に至るという原理を扱っており、戦争がどう終わるかを理解するのに役立ちます。
- Powell, R. (2006). War as a commitment problem. International Organization, 60(1), 169–203. 複数の戦争原因をコミットメント問題としてまとめて説明しており、情報の問題とコミットメント問題の違いを深く知りたいときに参考になります。
- Lake, D. A. (2010). Two cheers for bargaining theory: Assessing rationalist explanations of the Iraq War. International Security, 35(3), 7–52. イラク戦争の事例で交渉理論の説明力と限界を検討しており、実際の戦争に当てはめてみたいときに役立ちます。
