1964年公民権法とは
1964年公民権法(Civil Rights Act of 1964)は、人種、肌の色、宗教、性別、出身国を理由とする差別を禁じたアメリカの連邦法です。南部の人種隔離制度(ジム・クロウ法)と、キング牧師らが率いた公民権運動を背景に、ケネディ大統領が提案し、暗殺後にジョンソン大統領が1964年7月2日に署名しました。上院では南部議員の長いフィリバスターを討論終結の採決で打ち切って、ようやく成立しました。
📌 ひと目でわかる
- 署名
- 1964年7月2日
- 禁止事由
- 人種・肌の色・宗教・性別・出身国
- 中心となる規定
- 第2編・第6編・第7編
- 雇用分野
- 雇用機会均等委員会(EEOC)
おもな規定
| 編 | 内容 |
|---|---|
| 第2編 | ホテル、レストラン、劇場など公共施設での差別禁止 |
| 第4編 | 公立学校の人種隔離解消の支援 |
| 第6編 | 連邦の財政援助を受ける事業での差別禁止 |
| 第7編 | 従業員15人以上の雇用主による採用・解雇・賃金などの差別禁止、EEOCの設置 |
おもな判例
- ハート・オブ・アトランタ・モーテル事件(1964年):州際通商条項を根拠に、民間の宿泊施設での差別禁止も合憲としました。
- グリッグス対デューク・パワー社事件(1971年):一見中立的な試験や学歴要件でも、特定の集団に不利な結果をもたらし職務との関連性がなければ差別になりうるという間接差別(差別的効果)の法理を確立しました。
- ボストック対クレイトン郡事件(2020年):性的指向や性自認を理由とする解雇も、第7編の「性別による差別」にあたると判断しました。
じつは「性別」という言葉は、当初の法案にはありませんでした。下院審議の終盤に追加されたもので、法案をつぶす狙いだったという説と女性議員の尽力によるという説が今も並んで紹介されます。この一語が、のちにアメリカの職場における性差別訴訟の出発点となりました。
日本・韓国との比較
日本には差別事由を包括的に扱う差別禁止法はなく、男女雇用機会均等法(1985年)、障害者差別解消法、ヘイトスピーチ解消法などの個別法で対応しています。韓国も同様に包括的差別禁止法は未制定で、障害者差別禁止法や男女雇用平等法などが分野ごとに規律しています。
よくある質問
- 公民権法の雇用差別の規定は誰に適用されますか?
- 従業員15人以上の雇用主、労働組合、職業紹介機関などです。
- 投票権の問題も解決されたのですか?
- 一部の規定はありましたが不十分で、1965年に投票権法が別に制定されました。
- アファーマティブ・アクションもこの法律で定められたのですか?
- 直接の規定ではありませんが、この法律や大統領令を土台に発展しました。詳しくはアファーマティブ・アクションを参照してください。
参考文献
- Civil Rights Act of 1964, Pub. L. 88-352, 78 Stat. 241 (U.S. EEOC, eeoc.gov).
- Heart of Atlanta Motel, Inc. v. United States, 379 U.S. 241 (1964).
- Griggs v. Duke Power Co., 401 U.S. 424 (1971).
- Bostock v. Clayton County, 590 U.S. 644 (2020).
- 日本「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」(1985年).
