一事不再理とは
一事不再理(いちじふさいり)とは、「ひとつの事件は二度審理しない」という意味です。刑事裁判で有罪・無罪の判決が確定すると、同じ事件について同じ人をふたたび起訴することはできません。国家が同じことで何度も人を法廷に立たせる負担から個人を守り、法的安定性を確保するための原則です。ラテン語の ne bis in idem に由来します。
- 憲法上の根拠
- 日本国憲法39条
- 手続上の効果
- 確定判決を経た事件が再び起訴されると免訴(刑事訴訟法337条1号)
- 効力が及ぶ範囲
- 公訴事実の同一性が認められる範囲
- 英米の対応概念
- 二重の危険(double jeopardy)の禁止
憲法39条と免訴
憲法39条は「何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない」と定めています。前段の後半と後段が、一事不再理(二重の危険の禁止)の根拠とされます。これを手続法で具体化したのが刑事訴訟法337条1号で、確定判決を経た事件が再び起訴された場合、裁判所は有罪・無罪を判断せずに免訴の判決を言い渡します。確定判決の効力(一事不再理効)は、起訴状に書かれた事実だけでなく、公訴事実の同一性が認められる範囲全体に及びます。
「一事不再理」説と「二重の危険」説
憲法39条の理解には、大きく2つの考え方があります。
| 観点 | 一事不再理説 | 二重の危険説 |
|---|---|---|
| 発想 | 確定判決の効力として再審理を禁じる(大陸法的) | 被告人を何度も処罰の危険にさらすことを禁じる(英米法的) |
| 保護が始まる時点 | 判決の確定時 | 手続の開始時と考える余地がある |
| 検察官上訴 | 当然に許される | 問題になりうる |
最高裁判所は昭和25年9月27日の大法廷判決で、一審から上訴審までを一つの継続した危険とみる「危険継続論」をとり、無罪判決に対する検察官の控訴は憲法39条に違反しないと判断しました。そのため日本では、一審で無罪になっても判決確定前であれば検察官が控訴できます。
無罪判決が確定した後に決定的な新証拠が見つかっても、再び起訴することはできません。一方で、有罪が確定した人に有利な新証拠が出てきた場合は再審を請求できます。日本の再審は、被告人の利益のためにだけ認められています(刑事訴訟法435条)。
二重処罰との関係
いわゆる「二重処罰の禁止」も同じ39条から導かれます。ただし、刑罰と行政上の制裁(たとえば飲酒運転の刑事罰と運転免許の取消し、脱税の刑事罰と重加算税)は目的が違うため、併科しても憲法39条に反しないとされています。最高裁も、追徴税(現在の加算税)と刑罰の併科は二重処罰にあたらないと判断しています(最大判昭和33年4月30日)。
アメリカ・韓国との比較
| 国 | 根拠 | 無罪判決への検察官上訴 |
|---|---|---|
| 日本 | 憲法39条、刑訴法337条1号 | 判決確定前なら可能 |
| アメリカ | 合衆国憲法修正5条 | 原則不可(陪審の無罪評決は最終) |
| 韓国 | 大韓民国憲法13条1項、刑事訴訟法326条1号 | 判決確定前なら可能 |
アメリカでは陪審員が宣誓した時点で「危険」が始まり、無罪評決が出れば検察は原則として上訴できません。ただし連邦と州は別の主権者なので、同じ行為を別々に訴追できる「二重主権の例外」があります(Gamble v. United States, 2019)。アメリカの手続の流れはアメリカの刑事手続、民事訴訟での蒸し返し禁止は既判力で解説しています。
よくある質問
- 一事不再理と二重処罰の禁止は同じ意味ですか?
- ほぼ同じ文脈で使われますが、一事不再理は確定判決を経た事件を再び審理しないという手続上の効力、二重処罰の禁止は同じ行為に重ねて刑罰を科さないという実体面を強調した言い方です。どちらも憲法39条が根拠です。
- 一審で無罪になったのに検察が控訴できるのはなぜですか?
- 最高裁は、一審から上訴審までを一つの継続した手続とみるため、判決確定前の検察官控訴は憲法39条に反しないとしています(最大判昭和25年9月27日)。
- 刑事罰とは別に免許取消しや加算税を受けるのは二重処罰ですか?
- 行政上の制裁は刑罰とは目的が異なるため、原則として二重処罰にはあたらないとされています。
参考文献
- 대한민국헌법 제13조 제1항, 형사소송법 제326조 제1호 (국가법령정보센터 law.go.kr)
- U.S. Const. amend. V; Congress.gov, Constitution Annotated, "Overview of Double Jeopardy Clause" (constitution.congress.gov)
- Blockburger v. United States, 284 U.S. 299 (1932).
- Benton v. Maryland, 395 U.S. 784 (1969).
- Gamble v. United States, 587 U.S. 678 (2019).
- 日本国憲法第39条、刑事訴訟法第337条第1号(e-Gov法令検索 laws.e-gov.go.jp)
- United Nations, International Covenant on Civil and Political Rights (1966), art. 14(7).
