概念と代替可能性の破れ
標準的な経済学ではお金は「代替可能」です。給料でもらった1万円も宝くじで当たった1万円も同じ価値を持つので、出どころにかかわらず同じように使われるはずです。セイラー(1980年、1985年)は、人々が実際にはお金を生活費、貯蓄、娯楽費のような心の勘定に分け、勘定ごとに異なるルールを適用していると指摘しました。たとえば、低金利の口座に緊急資金を置いたまま高金利のカードローンを抱える行動は、代替可能性の原則では説明しにくいものです。ヒースとソール(1996年)は、人々が食費や外食費といった項目別の予算を決め、予算を超えるとその項目の支出を減らす「心の予算」を運用していることを実験で示しました。ヘイスティングスとシャピロ(2013年)は、ガソリン価格の下落で生じた余裕資金が他の品目よりもハイオク・ガソリンの購入に多く使われるという実証結果を示しました。
快楽的編集と取引効用
セイラーはプロスペクト理論(カーネマンとトヴェルスキー、1979年)の価値関数を用いて、人々が複数の利得と損失をどのようにまとめたり分けたりするかを説明しました。利得は分けて受け取るほど、損失はまとめて捉えるほど気分が良くなるという「快楽的編集」の原理です。また彼は、モノそのものから得る「獲得効用」と、価格が参照価格より安いと感じるときに生じる「取引効用」を区別しました。同じビールでも高級ホテルで買うならより高く払ってもよいとする実験は、参照価格が判断を左右することを示しています。トヴェルスキーとカーネマン(1981年)の観劇チケットの実験では、チケットをなくした人より現金をなくした人のほうがチケットを買い直す意向がずっと高く、これはなくしたチケットが「観劇の勘定」に損失として記録されるためだというフレーミングの解釈が可能です。アークスとブルーマー(1985年)は、すでに支払ったお金のために投資を続けるサンクコスト効果を、心の勘定を損失のまま閉じられない現象として分析しました。
リスク選択、貯蓄と応用
セイラーとジョンソン(1990年)は、先に勝った人がその儲けを「あぶく銭」とみなしてより大きなリスクをとる「ハウスマネー効果」と、負けた人が取り戻そうとしてリスクを高める傾向を報告しました。シェフリンとスタットマン(1985年)は、投資家が値上がりした株を早く売り、値下がりした株を長く持ち続ける「気質効果(ディスポジション効果)」をメンタル・アカウンティングと損失回避で説明し、ベナルチとセイラー(1995年)は、運用成績を頻繁に確認しすぎる「近視眼的損失回避」によって株式プレミアム・パズルを解釈しました。シェフリンとセイラー(1988年)の「行動的ライフサイクル仮説」は、現在の所得、資産、将来所得の勘定ごとに消費性向が異なるとしてライフサイクル仮説を修正しました。プレレックとローウェンスタイン(1998年)は、支払いと消費のタイミングのずれが楽しさを変えることを分析しました。セイラーはこうした研究も評価され2017年にノーベル経済学賞を受賞し、メンタル・アカウンティングはナッジに基づく貯蓄政策の設計にも活用されています。
よくある質問
- メンタル・アカウンティングを簡単に言うと?
- 同じお金でも、給料、ボーナス、お小遣いのように出どころや使い道によって頭の中の口座を分け、別々に扱ってしまう傾向のことです。
- ハウスマネー効果とは何ですか?
- ギャンブルや投資で得たお金を「もともと自分のお金ではないあぶく銭」とみなし、より気軽にリスクのあるところへ賭けてしまう傾向です。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
- Thaler, R. H. (1980). Toward a positive theory of consumer choice. Journal of Economic Behavior & Organization, 1(1), 39–60.
- Thaler, R. H. (1985). Mental accounting and consumer choice. Marketing Science, 4(3), 199–214.
- Thaler, R. H. (1999). Mental accounting matters. Journal of Behavioral Decision Making, 12(3), 183–206.
- Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect theory: An analysis of decision under risk. Econometrica, 47(2), 263–291.
- Tversky, A., & Kahneman, D. (1981). The framing of decisions and the psychology of choice. Science, 211(4481), 453–458.
- Shefrin, H. M., & Thaler, R. H. (1988). The behavioral life-cycle hypothesis. Economic Inquiry, 26(4), 609–643.
- Thaler, R. H., & Johnson, E. J. (1990). Gambling with the house money and trying to break even: The effects of prior outcomes on risky choice. Management Science, 36(6), 643–660.
- Arkes, H. R., & Blumer, C. (1985). The psychology of sunk cost. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 35(1), 124–140.
- Shefrin, H., & Statman, M. (1985). The disposition to sell winners too early and ride losers too long: Theory and evidence. Journal of Finance, 40(3), 777–790.
- Prelec, D., & Loewenstein, G. (1998). The red and the black: Mental accounting of savings and debt. Marketing Science, 17(1), 4–28.
- Heath, C., & Soll, J. B. (1996). Mental budgeting and consumer decisions. Journal of Consumer Research, 23(1), 40–52.
- Hastings, J. S., & Shapiro, J. M. (2013). Fungibility and consumer choice: Evidence from commodity price shocks. Quarterly Journal of Economics, 128(4), 1449–1498.
- Benartzi, S., & Thaler, R. H. (1995). Myopic loss aversion and the equity premium puzzle. Quarterly Journal of Economics, 110(1), 73–92.
