ソシュールと言語の構造
構造主義の源流はスイスの言語学者フェルディナン・ド・ソシュールです。没後に弟子たちがまとめた『一般言語学講義』(1916年)は、個人の実際の発話であるパロールではなく、社会で共有される規則の体系であるラングを研究すべきだと説きました。記号は音のイメージであるシニフィアンと概念であるシニフィエの結びつきで、その結びつきは恣意的であり、語の意味は他の語との差異によって決まる、というのが核心です。また言語を歴史的変化(通時態)よりも、ある時点の体系(共時態)として捉えることを提案しました。プラハ学派のロマーン・ヤコブソンは音韻を対立する弁別素性の束として分析し、この見方は言語発達の研究にも影響を与えました。
人類学から人文学全体へ
クロード・レヴィ=ストロースはヤコブソンから学んだ方法を人類学に持ち込み、『親族の基本構造』(1949年)でインセスト・タブーと婚姻による交換を集団間の関係の体系として説明しました。『構造人類学』(1958年)では、まったく異なる神話が「生のもの/火を通したもの」のような二項対立を変換する構造を共有していると論じています。1960年代のフランスでは、構造主義が主体を中心に置く実存主義に代わる潮流となりました。ロラン・バルトは『神話作用』(1957年)で広告や大衆文化の記号を読み解き、ジャック・ラカンは「無意識は言語のように構造化されている」と述べ、ルイ・アルチュセールはマルクスを構造論的に読み直しました。ジャン・ピアジェは『構造主義』(1968年)で構造を全体性・変換・自己制御の体系と定義し、自らの認知発達理論と結びつけています。
批判とポスト構造主義
構造主義は歴史や主体の役割を消し去り、構造がなぜ変わるのかを説明しにくいと批判されました。ジャック・デリダは『グラマトロジーについて』(1967年)で、シニフィアンとシニフィエの関係は固定されず意味はずれ続けると論じて脱構築を唱え、ミシェル・フーコーや後期のバルトも構造の安定性に疑問を投げかけました。こうした流れはポスト構造主義と呼ばれ、ポストモダニズムをめぐる議論の土台になります。それでも、関係と体系から現象を見る発想は、記号論、カルチュラル・スタディーズ、認知科学、社会学の構造機能主義論争、ブルデューの文化資本論などに受け継がれています。
よくある質問
- 構造主義とポスト構造主義の違いは?
- 構造主義は意味を生み出す安定した差異の体系を探しましたが、ポスト構造主義はそうした体系は固定できず、意味は文脈や解釈によってずれ続けると考えます。
- なぜ1960年代のフランスで流行したの?
- 戦後の思想界をリードした実存主義の主体中心の考え方への反発、言語学の科学的な成功を他の分野にも広げたいという期待、レヴィ=ストロースのようなスター学者の登場が重なったためと説明されます。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
- Saussure, F. de (1916). Cours de linguistique générale (C. Bally & A. Sechehaye, Eds.). Paris: Payot.
- Lévi-Strauss, C. (1949). Les structures élémentaires de la parenté. Paris: Presses Universitaires de France.
- Jakobson, R., & Halle, M. (1956). Fundamentals of Language. The Hague: Mouton.
- Lévi-Strauss, C. (1958). Anthropologie structurale. Paris: Plon.
- Barthes, R. (1957). Mythologies. Paris: Seuil.
- Althusser, L. (1965). Pour Marx. Paris: Maspero.
- Lacan, J. (1966). Écrits. Paris: Seuil.
- Derrida, J. (1967). De la grammatologie. Paris: Minuit.
- Piaget, J. (1968). Le structuralisme. Paris: Presses Universitaires de France.
- Dosse, F. (1991–1992). Histoire du structuralisme (2 vols.). Paris: La Découverte.
