概要
自動車の照明は、前照灯(ヘッドランプ)、デイタイムランニングランプ、方向指示器、制動灯、尾灯などで構成されます。このうちヘッドランプは、遠くを照らすハイビーム(走行用前照灯)と、対向車の眩惑を抑えるため上方をカットしたロービーム(すれ違い用前照灯)を提供します。良いヘッドランプは十分な明るさと照射距離を確保しつつ、他のドライバーを眩惑してはいけません。
ヘッドランプの構造
- 光源:光を出す部分(フィラメント電球、放電管、LEDチップ、レーザーダイオード)。
- 光学系:光を集めて目的の配光パターンにするリフレクター(反射鏡)とプロジェクター(レンズ)。
- 放熱・制御部:LEDやレーザーには、チップの熱を逃がすヒートシンクと駆動回路、配光を変える制御装置が必要です。半導体光源は温度が上がると効率と寿命が低下するため、伝熱設計が重要です。
光源の発展
- ハロゲン:タングステンフィラメントをハロゲンガスとともに封入し、フィラメントの蒸発を抑えた白熱電球です。1960年代にまず欧州車で使われ、安価で単純なため長く標準でした。それ以前のアメリカでは、1940年から規格化された丸形シールドビーム前照灯のみが認められていました。
- HID(キセノン):フィラメントではなく、キセノンガス中の2つの電極間のアーク放電で光ります。ハロゲンより明るく効率が高い一方で眩惑が大きいため、オートレベリングとヘッドランプウォッシャーの装備が求められます。1991年にBMW 7シリーズ(E32)のロービームで初めて量産採用されました。
- LED:半導体が発光するため効率が高く、寿命が長く応答が速く、小さなチップを多数配置できるのでデザインの自由度も高くなります。2007年にレクサスLS 600hがロービームにLEDを初めて採用し、2008年にアウディR8がロー・ハイともLEDの初の量産車となりました。
- レーザー:直径数百マイクロメートルのレーザーダイオードが出す青色光(約450 nm)を蛍光体に当てて白色光に変える方式で、レーザーが直接路面を照らすわけではありません。ごく小さな面積から強い光が得られ照射距離を大きく伸ばせるため、主にハイビームの補助に使われ、2014年にアウディR8 LMXとBMW i8で初めて量産採用されました。
インテリジェント照明:マトリクスLEDとADB
LEDを複数の区画に分けて個別に点灯・消灯できるようになったことで、カメラが先行車や対向車を検知してその部分だけ光を弱め、残りはハイビームで照らすアダプティブ・ドライビング・ビーム(ADB)が可能になりました。アウディは2013年にA8でこのようなマトリクスLEDヘッドランプを初めて採用しました。アメリカでは連邦自動車安全基準(FMVSS 108)のためにADBが認められていませんでしたが、道路交通安全局(NHTSA)がトヨタの請願を受けて2022年2月に基準を改正し、認めました。このほか、操舵に合わせて光の向きを変えるアダプティブ・フロントライティング・システム(AFS)、オートハイビーム、路面に記号を投影する技術も研究されています。
課題
光源が明るいほど眩惑の管理が重要になり、LED・レーザーヘッドランプは部品や修理の費用が高くなります。人の視覚は明るさだけでなく色温度やコントラストにも影響されるため、自動車照明の設計には工学と視覚科学の両方が求められます。
参考文献
- Wördenweber, B., Wallaschek, J., Boyce, P., & Hoffman, D. D. (2007). Automotive Lighting and Human Vision. Berlin: Springer.
- National Highway Traffic Safety Administration. (2022, February 22). Federal Motor Vehicle Safety Standards; Lamps, Reflective Devices, and Associated Equipment, Adaptive Driving Beam Headlamps (Final rule). Federal Register, 87(35), 9916.