ジレンマの内容
コリングリッジ(1980年)はこのジレンマを次のようにまとめています。変化がたやすいときにはその必要性を予見できず、変化の必要性が明らかになったときには、変化は高くつき、難しく、時間がかかるものになっている、というのです。彼はこれを二つの問題に分けました。第一は情報の問題で、技術が広く開発され使われる前には、その社会的な帰結を容易には予測できないという点です。第二は権力の問題で、技術が定着すると、関連する設備、技能、利害が積み重なって制御が難しくなるという点です。コリングリッジは、未来を正確に予測しようとするよりも、決定を修正可能な状態に保つこと、つまり誤りを見つけて直せる柔軟性を重んじるべきだと考えました。のちに彼は『規模のマネジメント』(1992年)で、大きな組織や大規模な技術的決定がこうした修正可能性を損なうと分析しています。リーベルトとシュミット(2010年)は、科学哲学の観点からこのジレンマを整理し直しました。
技術のロックインと経路依存性
権力の問題は、技術の経済学におけるロックインの理論と通じています。デイヴィッド(1985年)は、QWERTY配列のキーボードが、より効率的な代案があるという主張にもかかわらず、初期の選択と技術的な相互関連性のために標準として定着したと分析しました。アーサー(1989年)は、収穫逓増がはたらく競合技術の市場では、偶然の初期の出来事がある技術をロックインさせうることをモデルで示しています。これは経路依存性という概念の中核です。ウィナー(1980年)は「人工物に政治はあるか」で、技術の設計には社会的な選択や権力関係が刻み込まれ、いったんつくられた技術はその効果を長く持続させると主張しました。ベック(1992年)のリスク社会論も、現代の技術が生み出すリスクは予測しにくく、事後の制御が難しいという点で、コリングリッジのジレンマと通じ合っています。
ジレンマへの対応をめぐる議論
コリングリッジのジレンマは、技術ガバナンスのさまざまなアプローチを生みました。リップ、ミサ、ショット(1995年)の構成的技術評価は、技術がつくられる過程に多様な社会的主体を参加させ、設計の段階から影響を考慮しようとしたものです。ガストンとサレウィッツ(2002年)は、研究開発と同時に社会的な影響を評価する「リアルタイム技術評価」を提案し、ガストン(2014年)はそれを、予見、関与、統合を柱とする「予見的ガバナンス」としてまとめました。スティルゴー、オーウェン、マクノートン(2013年)は、予見、省察、包摂、応答性という四つの次元からなる「責任ある研究・イノベーション」の枠組みを示しています。ジーナスとスターリング(2018年)は、コリングリッジの議論は単なる予測不可能性ではなく、権力と説明責任の問題を強調していたと再解釈しました。クディナとフェルベーク(2019年)はグーグル・グラスの事例で、技術が使われる過程でプライバシーのような価値そのものを変えることを示し、このジレンマを技術と価値の相互形成という観点から読み直しています。
よくある質問
- コリングリッジのジレンマを簡単に言うと?
- 新しい技術は、最初は変えやすいもののどんな影響が出るかわからず、影響が見えたときにはすでに広く普及していて変えにくい、というジレンマです。ソーシャルメディアの社会的な影響がその代表例としてよく挙げられます。
- コリングリッジはこのジレンマをどう扱おうと考えたのですか?
- コリングリッジは、未来を正確に予測しようとするよりも、誤りが明らかになったときに直せるよう、決定を柔軟で修正可能な状態に保つことが重要だと考えました。この考えは、のちに予見的ガバナンスや責任ある研究・イノベーションといった議論につながっています。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
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