概念とQWERTYの事例
経路依存性は「歴史は重要だ」という考えを厳密に表現した概念です。経済史家ポール・デイヴィッド(1985年)は、今日使われるQWERTY配列は19世紀のタイプライターでキーの絡まりを減らすためにつくられたが、その技術的理由がなくなり、より効率的とされるドヴォラック配列が登場しても、タイピストの訓練、機械の生産、利用者の習慣が互いを強め合い、そのまま定着したと説明しました。このように初期の偶然の選択がその後の選択肢を狭め、抜け出しにくくなった状態を「ロックイン」と呼びます。鉄道の軌間、電気の規格、VHSとベータマックスのビデオ規格競争もよく挙げられる例です。
収穫逓増と自己強化のメカニズム
ブライアン・アーサー(1989年、1994年)は、収穫逓増がある市場では初期の小さな偶然が増幅されるため結果を事前に予測できず、結果が必ずしも最も効率的な技術に収束するわけでもないことを確率モデルで示しました。こうした過程は、前の状態が次の状態を左右する確率過程として表され、勝者がさらに勝つマタイ効果に似ています。自己強化の源泉としては、大きな初期固定費、学習効果、利用者が増えるほど価値が高まるネットワーク効果とメトカーフの法則、そして他の人も同じ選択をするだろうという適応的期待が挙げられます。ポール・クルーグマン(1991年)は産業が特定の地域に集中する現象もこうした累積的過程で説明し、新経済地理学を開きました。
制度・政治への拡張と論争
ダグラス・ノース(1990年)は、制度がいったん定着するとそれに合わせて組織や利害が形成されるため非効率な制度も長く続きうるとして、経路依存性を制度変化の理論の中心に置きました。ポール・ピアソン(2000年)は政治制度の自己強化を、ジェームズ・マホニー(2000年)は歴史社会学において偶発的な「決定的分岐点」の後に固定される経路を分析しました。アセモグル、ジョンソン、ロビンソン(2001年)は植民地期の制度が今日の所得格差に影響しているという実証研究で長期的な経路依存を示しました。一方、リーボウィッツとマーゴリス(1990年、1995年)は、ドヴォラック配列が優れているという証拠は弱く、市場が本当に劣った技術に閉じ込められる「強い」経路依存はまれだと反論しました。経営学ではシドウら(2009年)が組織が過去の成功パターンにとらわれる組織の経路依存性を理論化し、ヴェルニュとデュラン(2010年)はこの概念を実証することの方法論的な難しさを指摘しています。
よくある質問
- 経路依存性は単に「過去が現在に影響する」という意味ですか?
- それより狭い意味です。初期の小さな出来事が自己強化の過程で増幅され、より良い代替案が現れても既存の経路から抜け出しにくい状態(ロックイン)に至る点が核心です。
- QWERTYの事例は事実と認められていますか?
- 論争中です。デイヴィッドは代表的なロックインの事例とみなしましたが、リーボウィッツとマーゴリスはドヴォラック配列の優位性を裏づける証拠は弱いと反論しました。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
- David, P. A. (1985). Clio and the economics of QWERTY. American Economic Review, 75(2), 332–337.
- Arthur, W. B. (1989). Competing technologies, increasing returns, and lock-in by historical events. Economic Journal, 99(394), 116–131.
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