看護独自の機能を問い直す
ヘンダーソンの14の基本的ニードは、米国の看護理論家ヴァージニア・ヘンダーソン(1897–1996)が体系化したニード論です。第一次世界大戦期に軍の看護を志し1921年に陸軍看護学校を卒業した彼女は、コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジで学び教えながら、「看護には医師の指示を超えた独自の機能があるのか」という問いを考え続けました。
その答えが、1955年に改訂した教科書『看護の原理と実際』第5版に載せた看護の定義です。「看護師独自の機能は、病人であれ健康人であれ、各人が健康あるいは健康の回復(あるいは平和な死)に資するような行動をするのを援助することである。その人が必要なだけの体力と意志力と知識とを持っていれば、これらの行動は他者の援助を得なくとも可能であろう。この援助は、その人ができるだけ早く自立できるようにしむけるやり方で行う」。1960年に国際看護師協会(ICN)が小冊子『看護の基本となるもの』として刊行すると、この定義と14の構成要素は数十の言語に翻訳され、1966年の『看護論(The Nature of Nursing)』で改めて整理されました。日本でも看護基礎教育の古典として長く読み継がれています。
14の基本的ニード
ヘンダーソンは、人が自力で次のことを行えるよう助けることを看護と考えました。身体的なニードから始まり、心理・社会・霊的なニードへと続く構成です。
| 領域 | 基本的ニード |
|---|---|
| 身体・安全 | ①正常に呼吸する ②適切に飲食する ③排泄する ④身体の位置を動かし、よい姿勢を保つ ⑤眠り休息をとる ⑥適当な衣類を選び着脱する ⑦体温を生理的範囲内に保つ ⑧身体を清潔に保ち皮膚を保護する ⑨環境のさまざまな危険を避け、他人を傷害しない |
| 心理・社会・霊的 | ⑩感情・欲求・恐怖・意見を表出して他者とコミュニケーションをもつ ⑪自分の信仰に従って礼拝する ⑫達成感をもたらすような仕事をする ⑬遊び、あるいはレクリエーションに参加する ⑭学習し、発見し、好奇心を満足させる |
同時代のマズローの欲求階層説と似た構成のため、両者を組み合わせて看護の優先順位を決めることも多くあります。ただしヘンダーソンは厳密な階層を定めず、ニードを一人の人間のなかで統合されたものとして見ていました。
看護師の3つの役割
患者の自立の程度に応じて、看護師は代行者(意識のない患者のニードを代わりに満たす)、援助者(回復期の患者が自分でできるよう助ける)、パートナー(患者とともに健康計画を立て実践する)へと役割を変えます。自立の回復という目標は、のちのオレムのセルフケア理論へと自然につながっていきます。
看護過程への応用
14のニードはそのままアセスメントの枠組みになります。たとえば脳卒中後に片麻痺のある患者なら、呼吸・嚥下・排泄・移動・姿勢といった身体面の不足を探し、コミュニケーション・仕事・余暇・学習の面から心理社会的な課題を確認します。そのうえで「自力でできる水準」を目標に、代行者から援助者、パートナーへと役割を移しながらリハビリ計画を立てると、理論と実践が無理なく結びつきます。
評価と限界
看護独自の機能を簡潔に定義して世界の看護教育に共通言語を与えたこと、身体から霊性まで全人的な視点を示したことが最大の功績です。一方で、14の要素どうしの関係や優先順位が理論的に説明されていないこと、個人中心で家族や地域、環境の影響を十分に扱っていないことが批判されています。
関連項目
看護理論 · ナイチンゲールの環境理論 · オレムのセルフケア不足理論 · マズローの欲求5段階説 · ロイの適応モデル
よくある質問
- 14項目を覚えるコツは?
- ①〜⑨は身体と安全、⑩〜⑭はこころと暮らし(伝える・祈る・働く・遊ぶ・学ぶ)と分けると覚えやすくなります。
- 理論というより定義では?
- 本人は看護の「定義」として示しましたが、看護がいつどのように介入するかを説明するため、のちにニード論として分類されました。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
- Henderson, V. (1966). The Nature of Nursing: A Definition and Its Implications for Practice, Research, and Education. New York: Macmillan.
- Henderson, V. (1960). Basic Principles of Nursing Care. Geneva: International Council of Nurses.
- Harmer, B., & Henderson, V. (1955). Textbook of the Principles and Practice of Nursing (5th ed.). New York: Macmillan.
- Alligood, M. R. (Ed.). (2021). Nursing Theorists and Their Work (10th ed.). Elsevier.
