細胞の発電所
ミトコンドリアは外膜とひだ状の内膜(クリステ)からなる長さ1〜10μmほどの小器官で、筋肉・心臓・脳などエネルギーを多く使う細胞には数千個も含まれます。ブドウ糖や脂肪酸の分解で生じた電子が内膜の電子伝達系を通ると水素イオンが膜の外へくみ出され、そのイオンがATP合成酵素を通って戻るとき、水車のようにATPが作られます。1961年に英国のピーター・ミッチェルが提唱したこの「化学浸透説」は当初無視されましたが、1978年にノーベル化学賞を受けました。葉緑体が光合成でエネルギーを蓄える側なら、ミトコンドリアはそれを取り出して使う側です。
細胞内共生説
1967年、米国の生物学者リン・マーギュリスは、ミトコンドリアはもともと独立した細菌で、約15億〜20億年前に別の細胞に取り込まれて共に暮らすようになったという「細胞内共生説」を発表しました。論文は15回ほど却下されましたが、二重膜を持つこと、細菌のように二分裂で増えること、環状の独自のDNAと細菌型リボソームを持つことなどの証拠が積み重なり、今では定説です。遺伝子解析ではαプロテオバクテリアに最も近いとされます。この合体は複雑な生命を生んだ決定的な出来事で、自然選択と並ぶ進化史の転換点とされます。
母系遺伝と健康
精子のミトコンドリアは受精後ほとんど除去されるため、ヒトはミトコンドリアDNAを母親からだけ受け継ぎます。1987年、レベッカ・キャンらは世界の人々のミトコンドリアDNAを比較し、現生人類が約20万年前のアフリカの一女性の系統に行き着くとする「ミトコンドリア・イブ」研究を発表しました。ミトコンドリア遺伝子の変異は筋肉や神経を侵す希少疾患を起こし、英国は2015年に世界で初めて「3人の親による体外受精」を合法化しました。加齢でミトコンドリアの機能は落ちますが、継続的な有酸素運動や筋トレは筋肉のミトコンドリアを増やし、サルコペニア予防にも役立ちます。
よくある質問
- なぜミトコンドリアDNAは母親からだけ受け継ぐの?
- 精子にもミトコンドリアはありますが、受精直後に卵の中で目印を付けられて分解されるためです。ごくまれに父親由来が残った例も報告されています。
- ミトコンドリアのサプリは効きますか?
- コエンザイムQ10などは一部のミトコンドリア病で処方されますが、健康な人の疲労や老化への効果の根拠は十分ではありません。運動がもっとも確実にミトコンドリアを増やす方法です。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
- Margulis, L. (Sagan, L.) (1967). On the origin of mitosing cells. Journal of Theoretical Biology, 14(3), 225–274.
- Mitchell, P. (1961). Coupling of phosphorylation to electron and hydrogen transfer by a chemi-osmotic type of mechanism. Nature, 191, 144–148.
- Cann, R. L., Stoneking, M., & Wilson, A. C. (1987). Mitochondrial DNA and human evolution. Nature, 325, 31–36.
