発酵の秘密から「酵素」へ
1833年、フランスのアンセルム・パヤンとジャン=フランソワ・ペルソーは麦芽からでんぷんを糖に変える物質を取り出し、「ジアスターゼ」と呼びました。初めて分離された酵素です。当時ルイ・パスツールは、発酵は生きた酵母の細胞でしか起こらないと考えていました。1877年、ドイツのヴィルヘルム・キューネはギリシャ語で「酵母の中に」を意味する「エンザイム(enzyme)」という名をつけ、1897年にはエドゥアルト・ブフナーが酵母をすりつぶした汁だけでアルコール発酵が起こることを示して1907年にノーベル賞を受け、「生命力」論争に終止符を打ちました。日本では1894年に高峰譲吉がコウジカビから消化酵素「タカジアスターゼ」をつくり、胃腸薬として広まりました。1926年、ジェームズ・サムナーがウレアーゼを結晶化し、酵素がたんぱく質であることを証明しました。
酵素はどう働くか
化学反応には越えるべきエネルギーの山(活性化エネルギー)があり、酵素はこれを下げて反応を数百万倍以上速めます。1894年、エミール・フィッシャーは基質が酵素の活性部位にぴったり合う「鍵と鍵穴」モデルを提案し、1958年にダニエル・コシュランドは基質が結合すると酵素の形が合わせて変わる「誘導適合」モデルで精密にしました。1913年、レオノール・ミカエリスとモード・メンテンは反応速度と基質濃度の関係を式にまとめ、これはいまも生化学の基本です。1965年、デビッド・フィリップスらはX線でリゾチームの立体構造を初めて解き、酵素の働きを原子レベルで見られるようになりました。酵素は温度とpHに敏感で、高温では変性します。1982年、トーマス・チェックはRNAも酵素のように働くこと(リボザイム)を発見し、生命はRNAから始まったという「RNAワールド」仮説を後押ししました。
体内の酵素と産業の酵素
だ液のアミラーゼ、胃のペプシン、すい臓のリパーゼが食べ物を分解し、神経の信号を終わらせるアセチルコリンエステラーゼはアセチルコリンを一瞬で分解します。酵素が1つ足りないだけで病気になることもあり、大人になってラクターゼが減ると乳糖不耐症に、フェニルアラニンを分解する酵素がないとフェニルケトン尿症になります。ペニシリンは細菌の細胞壁をつくる酵素を、アスピリンは炎症物質をつくる酵素を阻害します。産業では洗剤のたんぱく質分解酵素、チーズのレンネット、異性化糖の製造に酵素が使われ、2018年にフランシス・アーノルドは「指向性進化」で新しい酵素を設計してノーベル化学賞を受けました。一方、市販の「酵素ドリンク」や酵素サプリは、飲んでも大半が胃でほかのたんぱく質と同じように消化され、健康効果の根拠は弱いです。消化の不調が続くときは医師に相談してください。
この記事は一般的な健康情報であり、診断や治療に代わるものではありません。症状が続く場合は医師に相談してください。
よくある質問
- 酵素ドリンクを飲むと消化がよくなったりやせたりする?
- 食品としてとる酵素は大部分が胃酸や消化酵素で分解されるため、体内の酵素を増やすことはできません。すい臓の機能低下などの場合に限り、医師が処方する消化酵素薬が効果を持ちます。
- 高熱が続くとなぜ危ないの?
- ヒトの酵素はおおむね体温で最もよく働き、高すぎる熱ではたんぱく質の構造がほどけて(変性して)働きを失います。高熱が長引くときは医療機関を受診してください。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
- Payen, A., & Persoz, J.-F. (1833). Mémoire sur la diastase, les principaux produits de ses réactions et leurs applications aux arts industriels. Annales de Chimie et de Physique, 53, 73–92.
- Kühne, W. (1877). Über das Verhalten verschiedener organisirter und sog. ungeformter Fermente. Verhandlungen des naturhistorisch-medicinischen Vereins zu Heidelberg, 1, 190–193.
- Fischer, E. (1894). Einfluss der Configuration auf die Wirkung der Enzyme. Berichte der deutschen chemischen Gesellschaft, 27(3), 2985–2993.
- Buchner, E. (1897). Alkoholische Gährung ohne Hefezellen. Berichte der deutschen chemischen Gesellschaft, 30(1), 117–124.
- Michaelis, L., & Menten, M. L. (1913). Die Kinetik der Invertinwirkung. Biochemische Zeitschrift, 49, 333–369.
- Sumner, J. B. (1926). The isolation and crystallization of the enzyme urease. Journal of Biological Chemistry, 69(2), 435–441.
- Koshland, D. E. (1958). Application of a theory of enzyme specificity to protein synthesis. PNAS, 44(2), 98–104.
- Blake, C. C. F., et al. (1965). Structure of hen egg-white lysozyme: A three-dimensional Fourier synthesis at 2 Å resolution. Nature, 206(4986), 757–761.
- Kruger, K., et al. (1982). Self-splicing RNA: Autoexcision and autocyclization of the ribosomal RNA intervening sequence of Tetrahymena. Cell, 31(1), 147–157.
- Arnold, F. H. (1998). Design by directed evolution. Accounts of Chemical Research, 31(3), 125–131.
