夢から生まれた実験
1914年、イギリスのヘンリー・デールはコリンエステルが心臓を遅くし筋肉を収縮させるなど、神経刺激とよく似た作用を示すことを報告しました。1921年の復活祭のころ、オーストリアのオットー・レーヴィは夢で思いついた実験を明け方に行いました。カエルの心臓の迷走神経を刺激し、その心臓を浸していた液を別の心臓に移すと、2つ目の心臓も遅くなったのです。神経が電気だけでなく化学物質(「迷走神経物質」)で信号を伝える初めての証拠でした。この物質はアセチルコリンと確認され、1936年にはデール、フェルトベルク、フォークトが運動神経の末端でも放出されることを示し、同年デールとレーヴィはノーベル生理学・医学賞を共に受けました。1954年、バーナード・カッツはアセチルコリンが一定の「量子」単位の小胞として放出されることを明らかにし、ニューロン間の信号伝達の基本モデルを築きました。
体と脳での働き
運動神経の末端から出たアセチルコリンは筋肉のニコチン性受容体を開いて筋肉を収縮させ、副交感神経ではムスカリン性受容体を介して心拍を遅くし、唾液や消化液を増やします。放出されたアセチルコリンはアセチルコリンエステラーゼという酵素が約1000分の1秒で分解し、信号を終わらせます。脳では前脳基底部のコリン作動性ニューロンが大脳皮質や海馬に伸び、注意、学習、ワーキングメモリ、レム睡眠に関わります。マイケル・ハッセルモはアセチルコリンが新しい情報を取り込む「符号化モード」に切り替えると説明しています。ニコチンで一時的に集中力が上がるのも、この受容体を刺激するからです。ドーパミン、セロトニンと並ぶ代表的な神経調節物質です。
| 受容体 | 作動様式 | 主な部位 | 関連薬 |
|---|---|---|---|
| ニコチン性 | イオンチャネル | 神経筋接合部、自律神経節、脳 | ニコチン、筋弛緩薬 |
| ムスカリン性 | Gタンパク質共役 | 心臓、唾液腺、腸、脳 | アトロピン、スコポラミン |
病気、薬、毒
1976年、ピーター・デイヴィスとマロニーはアルツハイマー病患者の脳でアセチルコリンを作る酵素が大きく減っていることを見つけ、1982年にバータスらが「コリン仮説」としてまとめました。そのためドネペジルなどのコリンエステラーゼ阻害薬が認知症の症状緩和に使われますが、病気の進行は止められません。1973年、パトリックとリンドストロムは重症筋無力症がアセチルコリン受容体を攻撃する自己免疫疾患であることを示しました。逆にサリンのような神経剤や一部の有機リン系農薬は分解酵素を阻害してアセチルコリンをあふれさせ、呼吸まひを起こします。1995年の地下鉄サリン事件でも解毒にアトロピンが使われました。ボツリヌス毒素はアセチルコリンの放出を止めて筋肉をまひさせ、ごく少量を使うのがボトックスです。中毒が疑われるときはすぐに医療機関を受診してください。
この記事は一般的な健康情報であり、診断や治療に代わるものではありません。症状が続く場合は医師に相談してください。
よくある質問
- アセチルコリンの多い食品を食べると記憶力が上がりますか?
- アセチルコリンそのものは食べてもほとんど脳に届きません。原料のコリンは卵や大豆、魚に含まれますが、サプリメントが健康な人の記憶力を高める根拠は弱いです。
- 抗コリン薬はなぜ高齢者で注意が必要なのですか?
- 一部の睡眠改善薬、かぜ薬、過活動膀胱の薬はアセチルコリンを妨げ、高齢者で混乱、便秘、物忘れを起こすことがあります。複数の薬を飲んでいる場合は医師や薬剤師に相談してください。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
- Dale, H. H. (1914). The action of certain esters and ethers of choline, and their relation to muscarine. Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics, 6, 147–190.
- Loewi, O. (1921). Über humorale Übertragbarkeit der Herznervenwirkung. Pflügers Archiv, 189, 239–242.
- Dale, H. H., Feldberg, W., & Vogt, M. (1936). Release of acetylcholine at voluntary motor nerve endings. Journal of Physiology, 86(4), 353–380.
- del Castillo, J., & Katz, B. (1954). Quantal components of the end-plate potential. Journal of Physiology, 124(3), 560–573.
- Patrick, J., & Lindstrom, J. (1973). Autoimmune response to acetylcholine receptor. Science, 180(4088), 871–872.
- Davies, P., & Maloney, A. J. F. (1976). Selective loss of central cholinergic neurons in Alzheimer's disease. The Lancet, 308(8000), 1403.
- Bartus, R. T., Dean, R. L., Beer, B., & Lippa, A. S. (1982). The cholinergic hypothesis of geriatric memory dysfunction. Science, 217(4558), 408–414.
- Unwin, N. (2005). Refined structure of the nicotinic acetylcholine receptor at 4 Å resolution. Journal of Molecular Biology, 346(4), 967–989.
- Hasselmo, M. E. (2006). The role of acetylcholine in learning and memory. Current Opinion in Neurobiology, 16(6), 710–715.
