免疫学の歴史
紀元前430年、アテネで疫病が流行したとき、歴史家トゥキディデスは「一度かかって回復した人は二度とかからず、病人の看護ができた」と書き残しました。immunity(免疫)はラテン語で「義務の免除」を意味するimmunitasに由来し、日本語の「免疫」は「疫病を免れる」の意です。1796年にエドワード・ジェンナーが牛痘で天然痘を予防し、1880年代にパスツールがこれを一般化してワクチンと名づけました。1890年にはベーリングと北里柴三郎が、血清中の「抗毒素」(抗体)が免疫を伝えることを明らかにし、細胞が病原体をのみ込むとするメチニコフとの間で「体液説対細胞説」の論争が起こりました。1957〜59年、バーネットの「クローン選択説」が、各リンパ球は一つの抗原だけを認識し、出会うと増殖するという現代免疫学の枠組みを作りました。
自然免疫と獲得免疫
皮膚や粘膜、胃酸が第一の壁で、それを越えた病原体には自然免疫がすぐに攻撃します。好中球やマクロファージなどの白血球が病原体をのみ込み、その過程で炎症が起こります。1989年、チャールズ・ジェインウェイは自然免疫が微生物に共通の模様を認識する受容体を持つと予測し、1990年代のToll様受容体の発見で裏付けられました(2011年ノーベル賞)。1973年にラルフ・スタインマンが見つけた樹状細胞は病原体の断片をT細胞に示し、獲得免疫を目覚めさせます。B細胞は抗体を作り、T細胞は感染細胞を直接殺したり他の免疫細胞を指揮したりし、一部は記憶細胞として残って次の感染にすばやく対応します。
| 区分 | 自然免疫 | 獲得免疫 |
|---|---|---|
| 反応の速さ | 数分〜数時間 | 数日〜2週間 |
| 主な細胞 | 好中球、マクロファージ、NK細胞 | T細胞、B細胞 |
| 記憶 | ほぼなし | あり(ワクチンの原理) |
免疫が故障するとき、そして「免疫力」
免疫系が無害な花粉や食べ物に過剰に反応するとアレルギーなどの過敏反応が起こり、自分の体を攻撃すると1型糖尿病、関節リウマチ、全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患になります。1995年、坂口志文はこうした暴走を抑える制御性T細胞を発見し、2025年のノーベル生理学・医学賞を受賞しました。逆に免疫が弱まると、HIV感染や抗がん剤治療のときのように、ふだんは問題のない菌でも感染します。市販の「免疫力を上げるサプリ」の多くは根拠が弱く、免疫は「高いほどよい」わけではなくバランスが大切です。研究で支持されているのは、予防接種、十分な睡眠、適度な運動、バランスのよい食事、禁煙、ストレス管理です。
この記事は一般的な健康情報であり、診断や治療に代わるものではありません。症状が続く場合は医師に相談してください。
よくある質問
- 免疫力を確実に上げるサプリはありますか?
- ビタミンDや亜鉛が不足している人が補えば役立つことがありますが、不足していない人の免疫を「上げる」サプリには確かな根拠がありません。
- ワクチンは免疫を弱めませんか?
- いいえ。ワクチンは実際に感染せずに病原体を覚えさせる獲得免疫の訓練で、ほかの病気への免疫を下げることはありません。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
- Thucydides. (c. 400 BC). History of the Peloponnesian War, II.51 (on the Plague of Athens).
- Jenner, E. (1798). An Inquiry into the Causes and Effects of the Variolae Vaccinae. London: Sampson Low.
- Behring, E., & Kitasato, S. (1890). Ueber das Zustandekommen der Diphtherie-Immunität und der Tetanus-Immunität bei Thieren. Deutsche Medizinische Wochenschrift, 16, 1113–1114.
- Burnet, F. M. (1959). The Clonal Selection Theory of Acquired Immunity. Cambridge University Press.
- Janeway, C. A. Jr. (1989). Approaching the asymptote? Evolution and revolution in immunology. Cold Spring Harbor Symposia on Quantitative Biology, 54, 1–13.
- Lemaitre, B., et al. (1996). The dorsoventral regulatory gene cassette spätzle/Toll/cactus controls the potent antifungal response in Drosophila adults. Cell, 86(6), 973–983.
- Steinman, R. M., & Cohn, Z. A. (1973). Identification of a novel cell type in peripheral lymphoid organs of mice. Journal of Experimental Medicine, 137(5), 1142–1162.
- Sakaguchi, S., et al. (1995). Immunologic self-tolerance maintained by activated T cells expressing IL-2 receptor α-chains (CD25). Journal of Immunology, 155(3), 1151–1164.
- Murphy, K., & Weaver, C. (2016). Janeway's Immunobiology (9th ed.). Garland Science.
