30年の無関心に打ち勝った研究
ハンガリー出身の生化学者カタリン・カリコは1990年代、ペンシルベニア大学でmRNAによる治療研究を続けましたが、研究費の申請は何度も落ち、降格まで経験しました。mRNAを注射すると強い炎症が起き、実用性がないと見なされていたためです。2005年、彼女は免疫学者ドリュー・ワイスマンとともに、mRNAの成分の一つウリジンをシュードウリジンに置き換えると炎症が大きく抑えられることを発見しました。この技術はビオンテックとモデルナにつながり、2020年に新型コロナが流行すると、ウイルスの遺伝子配列公開からわずか11か月でファイザー・ビオンテック製ワクチンが承認されました。2人は2023年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
仕組み
mRNAはDNAの遺伝情報をたんぱく質工場(リボソーム)に届ける「作業指示書」です。ワクチンは新型コロナウイルスのスパイクたんぱく質の指示書を脂質ナノ粒子に包んで筋肉に注射し、細胞は数日間スパイクたんぱく質を作って表面に提示します。免疫システムはこれを見て抗体とT細胞を作り、本物のウイルスが入ってきたときにすばやく対応します。mRNAは細胞核に入らないためDNAを変えることはなく、数日で分解されます。配列を変えるだけで新しい変異株に合わせたワクチンを数週間で設計できるのが最大の利点です。
副反応と今後
よくある副反応は接種部位の痛み、発熱、だるさで、1〜2日で治まります。まれに若い男性で心筋炎が報告され、ごくまれにアナフィラキシーなどの免疫過敏反応が起こることがあります。現在はインフルエンザやRSウイルスのワクチンに加え、患者の腫瘍の変異に合わせた個別化がんワクチンの臨床試験が進んでいます。2023年にはモデルナとメルクのメラノーマワクチンが再発リスクを約44%下げたという結果が出ました。遺伝子を直接書き換えるCRISPRと異なり、mRNAは一時的にたんぱく質を作るだけです。
よくある質問
- mRNAワクチンで自分のDNAが変わる?
- いいえ、mRNAは細胞核に入らず数日で分解されるため、DNAには影響しません。
- なぜこれほど早く開発できた?
- 30年間の基礎研究の蓄積で配列を変えるだけでよく、臨床試験の段階を並行して進めたためです。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
- Karikó, K., Buckstein, M., Ni, H., & Weissman, D. (2005). Suppression of RNA recognition by Toll-like receptors. Immunity, 23(2), 165–175.
- Polack, F. P., et al. (2020). Safety and efficacy of the BNT162b2 mRNA Covid-19 vaccine. NEJM, 383, 2603–2615.
- Nobel Prize in Physiology or Medicine 2023: Karikó & Weissman. NobelPrize.org.
