概要
アンカリング効果(anchoring effect、係留効果)は、判断を下すときに最初に与えられた値から出発して少しずつ調整するものの、その調整が不十分なため、結果が最初の値のほうに偏る現象です。トヴェルスキーとカーネマン(1974)が『サイエンス』の論文で、不確実な状況での代表的な判断のヒューリスティックのひとつとして「係留と調整」を紹介したことで広く知られるようになりました。
代表的な実験
トヴェルスキーとカーネマンは、10か65でしか止まらないように細工した運命の輪を回したあと、参加者に国連加盟国のうちアフリカの国の割合がその数字より高いか低いかを尋ね、実際の割合を推定させました。輪が10で止まった集団の推定値の中央値は25%、65で止まった集団は45%でした。何の意味もない数字が判断を引き寄せたのです。
ノースクラフトとニール(1987)は、不動産仲介業者に同じ家を見せながら提示価格だけを変えて伝えました。高い提示価格を見た集団のほうが査定額を高くつけました。専門家もアンカーの影響を受けましたが、本人たちは提示価格をあまり重視しなかったと答えました。家や車のように大きなお金がかかる購入では、最初に見た価格が判断の出発点になりやすいことを示しています。
交渉と価格におけるアンカリング
- 最初の提示:ガリンスキーとムスヴァイラー(2001)は、交渉で先に提示した側の金額が最終的な合意価格に強く影響すると報告しました。そのため給与や契約の交渉では、根拠のある最初の提示が重要だと助言されます。
- 価格表示:「定価から割引」という表示は、元の価格をアンカーにして割引後の価格を安く感じさせます。
- 投資:最初に買った価格や最近の高値を基準に株価を判断する傾向もアンカリングで説明されます。この点は行動ファイナンスやサンクコストともつながります。
限界と論争
ファーナムとブー(2011)の文献レビューによれば、アンカリング効果はきわめて多様な課題で繰り返し確認されてきましたが、アンカーがあまりに極端だったり、人がそのテーマをよく知っていたりすると効果が弱まることがあります。気分や動機、性格によって効果の大きさが変わるという研究もあり、効果が生じる理由を「不十分な調整」とみるか、「アンカーに合う情報を選択的に思い出すこと」とみるかについての論争もあります。
価格比較・交渉・面接準備に生かす
大きな買い物をするときは、売り手が示した価格だけを見るのではなく、複数の店の相場や費用を事前に調べて自分で基準点を決めておくと役立ちます。給与や契約の交渉では、業界の資料を根拠に最初の提示を準備し、相手の最初の提示が極端な場合は、その数字に合わせて調整するよりも自分の基準を改めて持ち出す戦略が勧められます。交渉全般は交渉理論で、同じ情報の示し方の影響はフレーミング効果で扱います。
出典確認日:2026-10-16
参考文献
- Tversky, A., & Kahneman, D. (1974). Judgment under uncertainty: Heuristics and biases. Science, 185(4157), 1124–1131.
- Northcraft, G. B., & Neale, M. A. (1987). Experts, amateurs, and real estate: An anchoring-and-adjustment perspective on property pricing decisions. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 39(1), 84–97.
- Galinsky, A. D., & Mussweiler, T. (2001). First offers as anchors: The role of perspective-taking and negotiator focus. Journal of Personality and Social Psychology, 81(4), 657–669.
- Furnham, A., & Boo, H. C. (2011). A literature review of the anchoring effect. Journal of Socio-Economics, 40(1), 35–42.