サイモンと満足化
ハーバート・サイモンは『経営行動』(1947年)で、組織の中の人々は「意図としては合理的だが、限られた程度でしかそうではない」と書きました。経済学の合理的選択モデルはすべての選択肢と結果を知り期待効用を最大化すると仮定しますが、サイモン(1955年、1956年)は、現実の意思決定者にとって情報収集には費用がかかり計算能力も限られていると指摘しました。そのため人は選択肢を一つずつ検討し、要求水準を超えた最初の選択肢を選ぶ「満足化(サティスファイシング)」の戦略をとるというのです。彼はこの問題をはさみの二枚の刃にたとえました。人間の認知能力と環境の構造がかみ合ってはじめて行動を理解できるという意味です。サイモンは1978年にノーベル経済学賞を受賞しました。
組織論と経済学への広がり
マーチとサイモン(1958年)は、組織が標準業務手続きと分業によって個人の認知的限界を補うと考え、サイアートとマーチ(1963年)は、企業が利潤を最大化するよりも複数の目標の満足水準を満たし、問題が起きたときにだけ解決策を探すという企業の行動理論を築きました。オリバー・ウィリアムソン(1975年)は、限定合理性のためにあらゆる場合を盛り込んだ完全な契約は書けないという点を取引費用理論の出発点としました。コンリスク(1996年)は経済学が限定合理性を取り入れるべき理由を整理しました。クリストファー・シムズ(2003年)の「合理的無関心」の理論は、情報処理能力に限りのある人々がどの情報に注意を向けるかを最適に選ぶとモデル化し、この考えをマクロ経済学に持ち込みました。
ヒューリスティック:バイアスか適応か
トヴェルスキーとカーネマン(1974年)は、利用可能性、代表性、係留と調整といった簡便な判断規則が系統的な誤りを生むことを示す「ヒューリスティックとバイアス」研究を始め、カーネマン(2003年)はこれを限定合理性の地図として整理しました。この流れはプロスペクト理論やナッジ政策へとつながりました。一方、ゲルト・ギゲレンツァーとゴールドスタイン(1996年)は、「高速倹約ヒューリスティック」は不確実な環境ではむしろ複雑な計算より正確になりうるとして、サイモンの生態学的な視点を強調しました。ギゲレンツァーとゼルテン(2001年)はこれを「適応的道具箱」と呼びました。近年、リーダーとグリフィス(2020年)は人の判断を限られた認知資源を最もうまく使う「資源合理的」な選択として分析し、両者の視点をつなぐ枠組みを提示しています。
よくある質問
- 限定合理性は人が非合理的だという意味ですか?
- いいえ。人は目標を追求するうえで合理的であろうとするものの、情報と計算能力の限界の中でそうするという意味であり、非合理性とは区別されます。
- 満足化とは何ですか?
- すべての選択肢を比べて最善を探す代わりに、あらかじめ決めた要求水準を超えた最初の選択肢を選ぶ意思決定戦略です。サイモンが「satisfy」と「suffice」を組み合わせてつくった言葉です。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
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