サンクトペテルブルクのパラドックスとベルヌーイ
コインを投げて初めて表が出るまでの回数をnとし、2ⁿ円がもらえるゲームを考えると、賞金の期待値は無限大になります。それでも、このゲームに大金を払おうとする人はほとんどいません。1738年、ダニエル・ベルヌーイは、人は金額そのものではなくお金から得る満足、つまり効用で判断し、富が増えるほど追加の金額がもたらす効用は小さくなる(対数効用)と説明しました。これはのちに限界効用逓減と呼ばれる考え方の先駆けで、期待値ではなく期待効用を計算すればパラドックスは解消されます。
公理化とリスクへの態度
ジョン・フォン・ノイマンとオスカー・モルゲンシュテルンは『ゲームの理論と経済行動』(1944年)で、完備性・推移性・連続性・独立性といったいくつかの公理を満たす選好は期待効用で表せることを証明しました。この結果はゲーム理論と現代ミクロ経済学の土台となり、レナード・サベージ(1954年)は確率が客観的に与えられていなくても個人の主観確率で同じ理論が成り立つことを示し、ベイズ統計と結びつけました。効用関数の曲がり具合でリスクへの態度を表すことができ、凹ならリスク回避的、凸ならリスク愛好的です。ジョン・プラット(1964年)とケネス・アロー(1965年)はリスク回避の度合いを測る指標をつくり、保険、ポートフォリオ選択、資産価格理論で広く使われています。フリードマンとサベージ(1948年)は、人が保険と宝くじを同時に買う現象を効用関数の形で説明しようとしました。
パラドックスと代替理論
1953年、モーリス・アレは、確実な利得とリスクのある選択を比べるとき人々が独立性の公理を系統的に破ることを示す「アレのパラドックス」を提示し、1961年にはダニエル・エルスバーグが、人は確率がわからないあいまいな状況そのものを嫌うという「エルスバーグのパラドックス」を示しました。ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキー(1979年)は、人は参照点からの利得と損失で結果を評価し、損失をより大きく感じ、小さな確率を過大評価するというプロスペクト理論を唱え、行動経済学の扉を開きました。マーク・マシーナ(1987年)は独立性の公理をゆるめた一般化期待効用モデルを整理しています。それでも期待効用理論は、合理的選択の規範的な基準であり、経済学の基本モデルとして使われ続けています。
よくある質問
- 期待値と期待効用の違いは?
- 期待値は金額に確率をかけて足したもので、期待効用は金額がもたらす満足(効用)に確率をかけて足したものです。効用は金額に比例しないため、両者で判断が変わることがあります。
- 期待効用理論は間違った理論なの?
- 実際の行動を完全には描けないという証拠は多くありますが、合理的な選択がどうあるべきかを示す規範理論、また分析の出発点として今も重要です。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
- Bernoulli, D. (1738/1954). Specimen theoriae novae de mensura sortis. Commentarii Academiae Scientiarum Imperialis Petropolitanae, 5, 175–192 (Eng. trans. Exposition of a new theory on the measurement of risk. Econometrica, 22(1), 23–36).
- von Neumann, J., & Morgenstern, O. (1944). Theory of Games and Economic Behavior. Princeton University Press.
- Friedman, M., & Savage, L. J. (1948). The utility analysis of choices involving risk. Journal of Political Economy, 56(4), 279–304.
- Allais, M. (1953). Le comportement de l'homme rationnel devant le risque: critique des postulats et axiomes de l'école américaine. Econometrica, 21(4), 503–546.
- Savage, L. J. (1954). The Foundations of Statistics. New York: Wiley.
- Ellsberg, D. (1961). Risk, ambiguity, and the Savage axioms. Quarterly Journal of Economics, 75(4), 643–669.
- Pratt, J. W. (1964). Risk aversion in the small and in the large. Econometrica, 32(1/2), 122–136.
- Arrow, K. J. (1965). Aspects of the Theory of Risk-Bearing. Helsinki: Yrjö Jahnssonin Säätiö.
- Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect theory: An analysis of decision under risk. Econometrica, 47(2), 263–291.
- Machina, M. J. (1987). Choice under uncertainty: Problems solved and unsolved. Journal of Economic Perspectives, 1(1), 121–154.
