パラドックスの起源とスミスの区別
希少なものは貴重だという考えはプラトンの『エウテュデモス』にも見られ、スミス以前にもロー(1705年)やガリアーニ(1751年)らが、すでに水とダイヤモンドの比較を用いて、効用と希少性がともに価値を生み出すと論じていました。カウダー(1953年)は、アリストテレスから18世紀まで続くこうした効用価値論の系譜をたどっています。スミス(1776年)は『国富論』第1編第4章で、価値には特定の物の有用性を表す「使用価値」と、ほかの物を購入する力を表す「交換価値」という2つの意味があると述べ、水は使用価値が大きいのに交換価値はほとんどなく、ダイヤモンドはその逆だと書きました。彼はその後、交換価値を生産に要する労働によって説明する方向へ進み、リカード(1817年)も労働価値説を体系化しました。
限界革命による解決
1870年代初め、ジェヴォンズ(1871年)、メンガー(1871年)、ワルラス(1874年)は互いに独立して、価値は財の総効用ではなく、もう1単位を追加で得たときの効用、すなわち限界効用によって決まると主張しました。水はきわめて豊富なので最後の1杯の効用は小さく、ダイヤモンドは希少なので追加の1個の効用は大きいのです。限界効用の逓減を考えれば、水の総効用のほうがはるかに大きくても、価格は限界効用に従うため、パラドックスは消えます。ベーム=バヴェルク(1886年)は砂漠での水のような例を用いてこれを説明し、オーストリア学派の主観的価値論を発展させました。
マーシャルの総合と学説史の論争
マーシャル(1890年)は、価格を決めるのが需要側の限界効用か供給側の生産費かを問うのは、はさみの上の刃と下の刃のどちらが紙を切るのかを問うようなものだとして、2つの見方を需要と供給の枠組みに統合しました。シュンペーター(1954年)とブローグ(1997年)は、スミスが当時すでに知られていた効用理論を軽視したことが、古典派の価値論を回り道させたと評価しています。これに対してホワイト(2002年)は、スミスがパラドックスを解けなかったという通説は後世の経済学者による再構成だと主張しており、このパラドックスは経済学説史の書き方そのものをめぐる論争にもつながっています。
よくある質問
- 価値のパラドックスを簡単に言うと?
- 生きるのに欠かせない水は安いのに、なくても困らないダイヤモンドが高いのはなぜか、という問いです。
- 限界効用でどう説明するのですか?
- 価格は物全体の有用性ではなく、もう1単位増えたときの有用性で決まります。水はありふれているので1杯増えても価値は小さく、ダイヤモンドは希少なので1個増えることの価値が大きいため高くなるのです。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
- Smith, A. (1776). An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations. London: W. Strahan and T. Cadell.
- Plato. (c. 380 BCE/1997). Euthydemus. In J. M. Cooper (Ed.), Plato: Complete Works. Indianapolis: Hackett.
- Law, J. (1705). Money and Trade Considered. Edinburgh: Andrew Anderson.
- Galiani, F. (1751). Della moneta. Naples: Giuseppe Raimondi.
- Ricardo, D. (1817). On the Principles of Political Economy and Taxation. London: John Murray.
- Jevons, W. S. (1871). The Theory of Political Economy. London: Macmillan.
- Menger, C. (1871). Grundsätze der Volkswirthschaftslehre. Vienna: Wilhelm Braumüller.
- Walras, L. (1874). Éléments d'économie politique pure. Lausanne: L. Corbaz.
- Böhm-Bawerk, E. von (1886). Grundzüge der Theorie des wirtschaftlichen Güterwerts. Jahrbücher für Nationalökonomie und Statistik, 47, 1–82, 477–541.
- Marshall, A. (1890). Principles of Economics. London: Macmillan.
- Schumpeter, J. A. (1954). History of Economic Analysis. New York: Oxford University Press.
- Kauder, E. (1953). Genesis of the marginal utility theory: From Aristotle to the end of the eighteenth century. Economic Journal, 63(251), 638–650.
- Blaug, M. (1997). Economic Theory in Retrospect (5th ed.). Cambridge: Cambridge University Press.
- White, M. V. (2002). Doctoring Adam Smith: The fable of the diamonds and water paradox. History of Political Economy, 34(4), 659–683.
