概念の形成
コース(1937年)は、市場での取引にも費用がかかるため一部の取引は企業の内部で行われると説明し、企業の境界についての問いを投げかけました。ウィリアムソン(1975年・1985年)は取引費用経済学を発展させ、限定合理性と機会主義があるとき、特定の取引相手に結びついた「資産特殊性」が取引の統治の仕方を決めると考えました。クライン、クロフォード、アルチャン(1978年)は、関係特殊的投資が生み出す「専有可能な準レント」、つまり次善の選択肢よりこの関係で多く得られる価値を、相手が再交渉を通じて横取りしうると分析しました。グラウト(1984年)は、労働組合と企業の交渉で拘束力のある契約がなければ企業の投資が過少になることを、ナッシュ交渉モデルで示しました。
不完備契約と所有権理論
グロスマンとハート(1986年)、ハートとムーア(1990年)は、将来のあらゆる状況を契約に書き込めないとき、契約にないことを決められる「残余コントロール権」を誰がもつかが重要になると考えました。資産を所有する側は再交渉でより有利な立場に立つため投資のインセンティブが大きくなり、所有しない側は投資のインセンティブが小さくなります。したがって、投資がより重要な側が資産を所有するように所有構造が決まることが効率的だという結論が導かれます。ハート(1995年)はこの理論を企業の金融構造にまで広げてまとめ、ハートは契約理論への貢献で2016年にノーベル経済学賞を受賞しました。ウィリアムソンも2009年に経済的ガバナンスの分析でノーベル賞を受賞しています。
事例と実証研究
代表的な事例としてよく挙げられてきたのが、ゼネラルモーターズ(GM)と車体の供給業者フィッシャー・ボディの関係です。クラインら(1978年)は、フィッシャー・ボディがGMの工場の近くへの移転を拒むなどホールドアップが起こり、GMが1926年にフィッシャー・ボディを完全に買収したと説明しました。しかしコース(2000年)とフリーランド(2000年)は記録を検討し直し、そうしたホールドアップの証拠は弱く、むしろ統合後にフィッシャー兄弟がGM内部で影響力を行使したと反論しました。ジョスコウ(1987年)はアメリカの石炭火力発電所と炭鉱の契約を分析し、関係特殊的投資が大きいほどより長期の契約が結ばれるという結果を報告しました。ラフォンテーヌとスレイド(2007年)は垂直統合に関する実証研究を検討し、資産特殊性が高いほど統合の可能性が高まるという証拠がおおむね一貫して見られるとまとめました。ホールドアップ問題はエージェンシー理論や時間不整合の問題とともに、契約と組織設計を理解する中心的な概念です。
よくある質問
- ホールドアップ問題を簡単に言うと?
- 特定の取引先のためだけに大きな設備を用意したところ、設備を整えた後で取引先が「値下げしなければ取引をやめる」と言い出しうる状況です。こうした危険が予想されると、はじめから設備投資をためらうようになるのがホールドアップ問題です。
- ホールドアップ問題はどのように緩和できると考えられていますか?
- 経済学では、長期契約、相手企業を買収する垂直統合、投資が重要な側に資産の所有権を与えること、評判や繰り返しの取引といった方法が論じられています。それぞれの方法には独自の費用があるため、状況によって適切なガバナンス構造は異なると考えられています。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
- Coase, R. H. (1937). The nature of the firm. Economica, 4(16), 386–405.
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- Klein, B., Crawford, R. G., & Alchian, A. A. (1978). Vertical integration, appropriable rents, and the competitive contracting process. Journal of Law and Economics, 21(2), 297–326.
- Williamson, O. E. (1985). The Economic Institutions of Capitalism. New York: Free Press.
- Grout, P. A. (1984). Investment and wages in the absence of binding contracts: A Nash bargaining approach. Econometrica, 52(2), 449–460.
- Joskow, P. L. (1987). Contract duration and relationship-specific investments: Empirical evidence from coal markets. American Economic Review, 77(1), 168–185.
- Grossman, S. J., & Hart, O. D. (1986). The costs and benefits of ownership: A theory of vertical and lateral integration. Journal of Political Economy, 94(4), 691–719.
- Hart, O., & Moore, J. (1990). Property rights and the nature of the firm. Journal of Political Economy, 98(6), 1119–1158.
- Hart, O. (1995). Firms, Contracts, and Financial Structure. Oxford: Clarendon Press.
- Coase, R. H. (2000). The acquisition of Fisher Body by General Motors. Journal of Law and Economics, 43(1), 15–31.
- Freeland, R. F. (2000). Creating holdup through vertical integration: Fisher Body revisited. Journal of Law and Economics, 43(1), 33–66.
- Lafontaine, F., & Slade, M. (2007). Vertical integration and firm boundaries: The evidence. Journal of Economic Literature, 45(3), 629–685.
