概念の起源とコモンズの悲劇との対称性
ハーディン(1968年)のコモンズの悲劇は、誰も他人の利用を排除できないために資源が過剰に利用される問題です。ミシェルマン(1982年)はその反対に、誰もが他人の利用を排除できるために誰も資源を使えない状態を「アンチコモンズ」と呼びました。ヘラー(1998年)は、体制移行期のモスクワで、路上の売店はにぎわっているのに立派な店舗用の建物は空いたままという現象を観察しました。ひとつの建物について、賃貸、使用、収益、承認の権限が複数の機関に分かれていたため、誰も単独では建物を使えなかったのです。オストロム(1990年)が共有資源管理の制度的な解決策を研究したように、アンチコモンズも権利構造の設計の問題としてとらえることができます。
経済学的な構造:補完的な権利の問題
ブキャナンと尹庸柱(2000年)は、コモンズとアンチコモンズが対称的な悲劇であることを数理モデルで示しました。複数の権利者がそれぞれ独立に使用料を設定すると総費用が高くなりすぎて利用が減りますが、これはクールノー(1838年)が、銅と亜鉛をそれぞれ独占する2つの供給者が真鍮の価格を単一の独占よりも高くしてしまうと論じた補完財独占の分析と同じ論理です。パリージ、シュルツ、デポーター(2005年)は、コモンズとアンチコモンズを財産権の二重性として統合しました。コースの定理によれば交渉で解決できるはずですが、権利者が多いほど取引費用やホールドアウトの問題が大きくなり、実際には解決が困難です。
特許の藪と実証をめぐる論争
ヘラーとアイゼンバーグ(1998年)は、遺伝子断片などの上流の研究ツールに関する特許が細分化されていると、新薬の開発に必要な権利をすべて集めるのが難しくなり、イノベーションが阻害されうると警告しました。シャピロ(2001年)は、重なり合う特許が形づくる「特許の藪」と、クロスライセンス、パテントプール、標準化による解決策を分析し、ラーナーとティロール(2004年)は効率的なパテントプールの条件を示しました。実証結果はまちまちで、ウォルシュ、アローラ、コーエン(2003年)は研究者が非公式な方法で問題の大部分を回避していると報告しましたが、マレーとスターン(2007年)は特許付与後に関連論文の引用が減ったとし、ウィリアムズ(2013年)は、セレラ社によるヒトゲノムの知的財産の制限がその後の研究や製品開発を減らしたと報告しています。ヘラー(2008年)は、この概念を「グリッドロック経済」へと拡張しました。
よくある質問
- アンチコモンズの悲劇を簡単に言うと?
- ある資源を使うには多くの人の許可がすべて必要で、1人でも反対すれば使えないため、結局誰もその資源を十分に活用できない状況です。
- コモンズの悲劇とはどう違いますか?
- コモンズの悲劇は誰でも使えるために資源が使われすぎてだめになることで、アンチコモンズの悲劇は多くの人が利用を阻めるために資源が使われなさすぎることです。互いに鏡像のような問題です。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
- Michelman, F. I. (1982). Ethics, economics, and the law of property. In J. R. Pennock & J. W. Chapman (Eds.), NOMOS XXIV: Ethics, Economics, and the Law (pp. 3–40). New York: New York University Press.
- Heller, M. A. (1998). The tragedy of the anticommons: Property in the transition from Marx to markets. Harvard Law Review, 111(3), 621–688.
- Heller, M. A., & Eisenberg, R. S. (1998). Can patents deter innovation? The anticommons in biomedical research. Science, 280(5364), 698–701.
- Hardin, G. (1968). The tragedy of the commons. Science, 162(3859), 1243–1248.
- Buchanan, J. M., & Yoon, Y. J. (2000). Symmetric tragedies: Commons and anticommons. Journal of Law and Economics, 43(1), 1–13.
- Cournot, A. A. (1838). Recherches sur les principes mathématiques de la théorie des richesses. Paris: Hachette.
- Shapiro, C. (2001). Navigating the patent thicket: Cross licenses, patent pools, and standard setting. Innovation Policy and the Economy, 1, 119–150.
- Parisi, F., Schulz, N., & Depoorter, B. (2005). Duality in property: Commons and anticommons. International Review of Law and Economics, 25(4), 578–591.
- Heller, M. (2008). The Gridlock Economy: How Too Much Ownership Wrecks Markets, Stops Innovation, and Costs Lives. New York: Basic Books.
- Walsh, J. P., Arora, A., & Cohen, W. M. (2003). Working through the patent problem. Science, 299(5609), 1021.
- Murray, F., & Stern, S. (2007). Do formal intellectual property rights hinder the free flow of scientific knowledge? Journal of Economic Behavior & Organization, 63(4), 648–687.
- Williams, H. L. (2013). Intellectual property rights and innovation: Evidence from the human genome. Journal of Political Economy, 121(1), 1–27.
- Lerner, J., & Tirole, J. (2004). Efficient patent pools. American Economic Review, 94(3), 691–711.
- Ostrom, E. (1990). Governing the Commons. Cambridge: Cambridge University Press.
