概念とヨーロッパの失業
フリードマンとフェルプスの自然失業率仮説によれば、景気変動は失業率を一時的に動かすだけで、長期的には失業率は労働市場の構造が決める自然な水準に戻ります。フェルプス(1972年)はすでに、失業の経験が労働者の技能や態度を変え、自然失業率そのものを高めうると指摘していました。ブランシャールとサマーズ(1986年)は、1970〜80年代のヨーロッパでショックが過ぎた後も失業率が高い水準にとどまった現象を分析し、失業率が過去の失業率の経路に依存するという「失業の履歴効果」の概念を示しました。彼らは、賃金交渉がすでに雇用されているインサイダーの利益を中心に行われると、失業したアウトサイダーは賃金決定から締め出され、失業がなかなか減らないというインサイダー・アウトサイダー・モデルを説明の中心に据えました。
履歴効果の経路
研究者たちは、一時的なショックが永続的な痕跡を残すいくつかの経路を示してきました。第一に、長期失業者は技能が衰え求職意欲が下がり、雇用主に否定的なシグナルとして受け取られるため、再就職が難しくなります。レイヤード、ニッケル、ジャックマン(1991年)は、ヨーロッパの失業が続く重要な要因として長期失業の増加を挙げました。第二に、不況期に減った投資は資本ストックと技術進歩を縮小させ、潜在産出を押し下げます。第三に、ディキシット(1989年)は、不確実性のもとで参入と退出に埋没費用がかかると、企業はいったん市場を離れると条件が回復しても簡単には戻らないことを示し、ボールドウィンとクルーグマン(1989年)は、大きな為替レートのショックがこうしたメカニズムを通じて貿易の流れに持続的な影響を残すと分析しました。この概念は経路依存性とも通じています。
大不況後の実証と政策の議論
ボール(2009年)は、多くの国のデータで失業率の上昇の後に自然失業率もともに上がるという履歴効果の証拠をまとめました。ボール(2014年)は、2008年の大不況後、OECD諸国の潜在産出が危機前のトレンドを大きく下回り、不況が深かった国ほど損失が大きかったと報告しました。デロングとサマーズ(2012年)は、履歴効果があるなら不況期の拡張的な財政政策は将来の産出を守り、その費用の多くを自ら回収しうると主張し、ブランシャール、チェルッティ、サマーズ(2015年)は、不況の後に産出が元のトレンドに戻らない例が多いことを示しました。ヤガン(2019年)はアメリカの地域データを用いて、大不況で打撃の大きかった地域の雇用率が数年後になっても回復していなかったことを示しました。セラ、ファタス、サクセナ(2023年)は、景気後退が長期の成長経路を変えるという証拠をまとめ、景気変動と長期成長を切り離して見る伝統的な見方に疑問を投げかけました。この概念はオークンの法則や時間不整合とともに、マクロ経済政策の議論で扱われます。
よくある質問
- 経済学の履歴効果を簡単に言うと?
- 景気後退が終わっても、その間に長く職を失った人々が技能や人脈を失って再就職しにくくなるように、一時的なショックが経済に長く残す痕跡のことです。
- 履歴効果は経済政策にとってどんな意味がありますか?
- 履歴効果が大きければ、不況を早く終わらせることが長期的にも重要になります。そのため一部の経済学者は、不況期の積極的な金融・財政政策が将来の産出と雇用を守る効果をもつと主張しており、その効果の大きさをめぐって実証研究が続いています。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
- Phelps, E. S. (1972). Inflation Policy and Unemployment Theory. New York: Norton.
- Dixit, A. (1989). Entry and exit decisions under uncertainty. Journal of Political Economy, 97(3), 620–638.
- Baldwin, R., & Krugman, P. (1989). Persistent trade effects of large exchange rate shocks. Quarterly Journal of Economics, 104(4), 635–654.
- Blanchard, O. J., & Summers, L. H. (1986). Hysteresis and the European unemployment problem. NBER Macroeconomics Annual, 1, 15–78.
- Cross, R. (Ed.) (1988). Unemployment, Hysteresis and the Natural Rate Hypothesis. Oxford: Basil Blackwell.
- Layard, R., Nickell, S., & Jackman, R. (1991). Unemployment: Macroeconomic Performance and the Labour Market. Oxford: Oxford University Press.
- Ball, L. (2009). Hysteresis in unemployment: Old and new evidence. NBER Working Paper No. 14818.
- DeLong, J. B., & Summers, L. H. (2012). Fiscal policy in a depressed economy. Brookings Papers on Economic Activity, 2012(1), 233–297.
- Ball, L. (2014). Long-term damage from the Great Recession in OECD countries. European Journal of Economics and Economic Policies, 11(2), 149–160.
- Blanchard, O., Cerutti, E., & Summers, L. (2015). Inflation and activity: Two explorations and their monetary policy implications. IMF Working Paper 15/230.
- Yagan, D. (2019). Employment hysteresis from the Great Recession. Journal of Political Economy, 127(5), 2505–2558.
- Cerra, V., Fatás, A., & Saxena, S. C. (2023). Hysteresis and business cycles. Journal of Economic Literature, 61(1), 181–225.
