概要
ミシェル・フーコーはフランスの哲学者・歴史家で、狂気・監獄・性・医学などの歴史を通じて、近代社会で権力がどのように働くかを分析しました。真理と知は中立ではなく、ある時代の言説が何を語りうるか、誰に語る資格があるかを決めると考えました。ポストモダニズムの記事が複数の思想家をまとめて紹介するのに対し、この記事ではフーコーの権力・言説概念そのものを詳しく扱います。
考古学と言説
- 言説(discourse):ある対象について体系的に語り書く仕方の総体です。言説は現実を映すだけでなく、「狂人」「非行者」「同性愛者」といった対象そのものを生み出します。
- エピステーメー:ある時代の知を可能にする無意識的な認識の枠組みです。『言葉と物』(1966)でルネサンス、古典主義、近代のエピステーメーを区別しました。
- 考古学:『知の考古学』(1969)で、言説が形成される規則を地層のように掘り起こす方法をまとめました。
系譜学と権力/知
1970年代のフーコーはニーチェに由来する系譜学へと方法を広げました。今日当然に見える制度や概念が、偶然的な権力闘争のなかでどのように生まれたかをたどる方法です。権力は上から下へ流れるだけでなく下からも生じ、あらゆる関係のなかで働き、抑圧するよりもむしろ知・主体・欲望を生産すると論じました。権力が知をつくり、知が権力を正当化するため両者は切り離せないという意味で権力/知(pouvoir/savoir)と呼びました。また、権力のあるところには常に抵抗があると強調しました。
規律権力とパノプティコン
『監獄の誕生』(1975)でフーコーは、公開処刑のような身体刑が近代に監獄と規律へ移り変わった過程を分析しました。規律権力は時間割、空間配置、反復訓練によって「従順な身体」をつくり、次の装置を通じて働きます。
- 階層的監視:ベンサムが設計した円形監獄パノプティコンのように、見られているか分からない状態で人々は自らを監視するようになります。
- 規格化する判断:正常の基準を定め、そこからの逸脱を測って矯正します。
- 試験:監視と判断を組み合わせて個人を記録・分類する装置で、学校・病院・軍隊・工場に広がっています。
生権力と統治性
『性の歴史 I 知への意志』(1976)では、性が抑圧されてきたという通念(抑圧仮説)を覆し、むしろ性についての言説が爆発的に増えるなかで権力が働いたと主張しました。近代国家は「死なせる」主権権力に代わり、出生率・健康・衛生を管理して「生きさせる」生権力を発達させました。個人の身体を扱う解剖政治と人口を扱う生政治がその二つの軸です。後期の講義では、人口と個人の振る舞いを導く技術を統治性と呼びました。
影響と批判
- 影響:社会学、犯罪学、教育学、医療社会学、ジェンダー研究に大きな影響を与えました。サイードのオリエンタリズム分析は言説概念を用い、カウンセリングのナラティヴ・セラピーは支配的言説が個人のアイデンティティの物語を規定するという考えを取り入れました。ソーシャルワークでは、診断や記録がクライエントを規定するあり方を省察するのに使われます。
- 批判:ハーバーマスは、フーコーが規範的基準なしにすべてを権力に還元し、自らの批判の根拠を掘り崩していると指摘しました。権力がどこにでもあるなら解放や抵抗の方向を語りにくいという批判や、歴史記述が選択的だという歴史家の批判もあります。
参考文献
- Foucault, M. (1969). L'archéologie du savoir. Paris: Gallimard.
- Foucault, M. (1975). Surveiller et punir: Naissance de la prison. Paris: Gallimard.
- Foucault, M. (1976). Histoire de la sexualité, 1: La volonté de savoir. Paris: Gallimard.
- Foucault, M. (1980). Power/Knowledge: Selected Interviews and Other Writings, 1972–1977 (C. Gordon, Ed.). New York: Pantheon Books.