概要
危機介入モデル(crisis intervention model)は、危機にある個人や家族に短期間集中的に介入するソーシャルワークの実践モデルです。ここでいう危機とは危険な出来事そのものではなく、その出来事を受け止める人がいつもの問題解決の方法では対処できず、心理的な均衡が崩れた状態を指します。同じ出来事でも、人によって危機になることも、ならないこともあります。危機は危険であると同時に、新しい対処法を学ぶ成長の機会とも考えられています。
理論的背景
- リンデマン(Erich Lindemann):1942年のボストンのココナッツ・グローブ・ナイトクラブ火災の犠牲者遺族を研究し、急性悲嘆反応の症状と正常な喪の過程を明らかにしました(1944)。適切な援助が病的反応を予防しうることを示しました。
- キャプラン(Gerald Caplan):予防精神医学の立場から危機理論を体系化しました。危機はたいてい4〜6週間ほどで何らかの形で解消し、この時期に受ける援助がその後の精神的健康を左右すると考えました。
- その後、自我心理学、ストレス・コーピング理論、汎適応症候群のようなストレス反応研究が危機介入の根拠を広げました。
危機の類型と段階
- 発達的危機:出生、思春期、結婚、退職など、ライフサイクルの移行期に予測できる危機です。
- 状況的危機:事故、失業、病気、犯罪被害、災害など、予測しにくい出来事から生じます。
- 実存的危機:人生の目的や意味、責任といった根本的な問題から生じる内的葛藤です。
- 危機の経過:危険な出来事 → 脆弱な状態 → 引き金となる要因 → 実際の危機状態 → 再統合、の段階で説明されることが多いです。再統合が適応的であれば機能は回復し、むしろ高まることもあり、不適応的であれば以前より低い水準にとどまります。
ロバーツの7段階モデル
ロバーツ(Albert R. Roberts)は危機介入を次の7段階に整理し、現場で広く使われています。
- 心理社会的アセスメントと致死性(自殺・他害の危険)のアセスメント
- 迅速なラポールの形成
- 主な問題と危機の引き金の特定
- 感情への対応(積極的傾聴、承認)
- 代替案の探索と対処方法の検討
- 具体的な行動計画の作成と実行
- フォローアップ
介入の原則と限界
- 原則:即時の介入、現在の問題と「今ここ」への焦点化、限定された目標、ソーシャルワーカーの積極的・指示的な役割、クライエントの強みと社会的支援網の活用、希望の喚起が重視されます。危機が収まった後に長期的支援が必要ならケースマネジメントにつなぎます。
- 適用:自殺危機の相談、災害・事故の被害者支援、家庭内暴力・性暴力被害者の保護、死別と喪失、精神保健上の緊急事態に用いられます。死別の危機では死の受容の5段階のような悲嘆理論もあわせて参照されます。
- 限界:短期介入であるため慢性的・構造的な問題の解決は難しく、指示的な介入がクライエントの自己決定を弱めかねないという指摘があります。そのため危機の解消後はエンパワメント・モデルのような強みに基づくアプローチと組み合わせることが多いです。
参考文献
- Lindemann, E. (1944). Symptomatology and management of acute grief. American Journal of Psychiatry, 101(2), 141–148.
- Caplan, G. (1964). Principles of Preventive Psychiatry. New York: Basic Books.
- Roberts, A. R. (Ed.). (2005). Crisis Intervention Handbook: Assessment, Treatment, and Research (3rd ed.). New York: Oxford University Press.
- James, R. K., & Gilliland, B. E. (2017). Crisis Intervention Strategies (8th ed.). Boston: Cengage Learning.