M&Aと動機理論
M&Aは、二つの会社が一つになる合併(merger)と、ある会社が他社の株式や資産を買って経営権を得る買収(acquisition)を合わせた言葉です。買収企業は通常、時価を上回る買収プレミアムを支払うため、何がそのプレミアムを正当化するのかが動機理論の中心的な問いです。トラウトヴァイン(1990)は諸動機を純価値の創出、富の移転、経営者の私益などの観点から整理しました。競争制限を防ぐための法的審査については企業結合規制を参照してください。
シナジー仮説
シナジー仮説は、統合後の企業価値(VAB)が両社の価値の合計(VA+VB)を上回るという、いわゆる「1+1>2」の説明です。
- 営業シナジー:生産・購買・物流の統合による規模の経済、共通の流通網を活用する範囲の経済、技術やブランドなど補完的な資源の結合によって売上が増え、費用が減ります。
- 財務シナジー:キャッシュフローの異なる事業を組み合わせてリスクが下がり負債調達力が高まるほか、税負担の軽減(繰越欠損金の活用)や内部資本市場の活用が可能になります。ただしMM理論の観点からは、株主が自ら分散投資できるため単なるリスク分散は価値を生まないという反論があります。
- 経営シナジー:優れた経営能力が被買収企業に移り、効率が高まります。
その他の価値を高める動機
- 非効率な経営陣の交代:経営がまずく株価の低い企業を買って経営陣を替えれば価値が上がるという説明です。マン(1965)のいう企業支配権市場が経営者を規律する仕組みとして働きます。
- 市場支配力:水平合併で競争相手を減らし価格決定力を高める動機です。企業には利益でも社会的には厚生損失が生じうるため規制の対象になります。
- 割安企業の買収:市場が企業価値を誤って評価しているときに安く買おうとする動機です。
エージェンシー仮説と傲慢仮説
- エージェンシー(経営者主義)仮説:経営者は会社の規模が大きくなるほど報酬・権限・名声が増すため、株主価値と無関係に規模拡大型の買収を行うことがあります。ジェンセン(1986)は使い道のないフリーキャッシュフローを持つ企業が、それを株主に還元せず価値を下げる買収に使いがちだと指摘しました。背景はエージェンシー理論で扱っています。
- 傲慢(ハブリス)仮説:ロール(1986)は、シナジーがなくても経営者が自らの評価を過信して過大なプレミアムを支払うと考えました。その結果、被買収企業の株主の利益は買収企業の株主の損失から移転したものにすぎないという「勝者の呪い」が生じます。
実証結果と示唆
多くの実証研究で、被買収企業の株主は大きな超過リターンを得る一方、買収企業の株主のリターンはゼロに近いかマイナスであることが多いとされています。バーコビッチとナラヤナン(1993)は被買収企業の利得と全体の利得の相関で動機を見分け、全体の利得がプラスの取引ではシナジーが、マイナスの取引ではエージェンシー動機が主に働き、傲慢動機も混在していると報告しました。約束されたシナジーが実現しない理由としては、過大なプレミアム、組織文化の衝突、統合の失敗(PMI)、中核人材の流出などが挙げられます。
関連項目: 戦略的提携
参考文献
- Manne, H. G. (1965). Mergers and the market for corporate control. Journal of Political Economy, 73(2), 110–120.
- Roll, R. (1986). The hubris hypothesis of corporate takeovers. Journal of Business, 59(2), 197–216.
- Jensen, M. C. (1986). Agency costs of free cash flow, corporate finance, and takeovers. American Economic Review, 76(2), 323–329.
- Trautwein, F. (1990). Merger motives and merger prescriptions. Strategic Management Journal, 11(4), 283–295.
- Berkovitch, E., & Narayanan, M. P. (1993). Motives for takeovers: An empirical investigation. Journal of Financial and Quantitative Analysis, 28(3), 347–362.