概要
批判的教育学(critical pedagogy)は、ブラジルの教育者パウロ・フレイレの思想から生まれた教育理論です。フレイレは1960年代初め、ブラジル北東部で農民や労働者に読み書きを教えるなかで、文字を学ぶことは自分の生活と社会を「読む」ことでなければならないと考えました。1964年の軍事クーデター後に亡命した彼はチリで『被抑圧者の教育学』を書き、1970年の英語版で世界的に知られるようになりました。教育は決して中立ではなく、抑圧を維持するか解放を助けるかのいずれかの政治的行為だというのが中心的な主張です。
銀行型教育と課題提起型教育
- 銀行型教育:教師は知る者、生徒は知らない者に分けられ、教師が知識を生徒の頭に預金するように詰め込みます。生徒は受け取り、覚え、繰り返すだけの受動的な容器となり、現実をそのまま受け入れるよう教えられるため、抑圧構造が保たれると批判しました。
- 課題提起型教育:教師と生徒が共に学ぶ関係(教師である生徒、生徒である教師)を結び、学習者の生活から出てきた問題を一緒に探究します。学習者は世界を固定されたものではなく、変えられるものとして捉えるようになります。
対話・意識化・プラクシス
- 対話:愛、謙虚さ、信頼、希望、批判的思考にもとづく水平的なコミュニケーションです。対話のない教育は学習者を客体化するとフレイレは考えました。
- 意識化(conscientização):社会的・政治的な矛盾に気づき、抑圧的な現実に抗して行動する批判的意識を育てる過程です。彼は意識を呪術的意識、素朴な意識、批判的意識に区別しました。
- 生成語と生成テーマ:識字教育では「レンガ」「賃金」のように学習者の生活に深く結びついた語を選び、文字と一緒にその語が指す現実を話し合いました。
- プラクシス:世界を変えるための省察と行動の結合です。行動のない省察は空虚な言葉に、省察のない行動は盲目的な行動主義になるとしました。
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批判的教育学の展開
フレイレの思想は北米でヘンリー・ジルー、アイラ・ショア、ピーター・マクラーレン、ベル・フックスらに受け継がれました。ジルーは、学校が支配文化を再生産するとする再生産理論が生徒の抵抗と主体性を見落としていると考え、「抵抗の理論」を提唱しました。学校制度そのものを問うイリイチの脱学校論ともよく並べて論じられ、成人学習者の経験を重んじる点で生涯教育や成人教育にも大きな影響を与えました。
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活用と批判
- 活用:生徒の経験から出発する討論型の授業、メディア・リテラシー、市民教育、地域の識字教育、社会福祉や保健分野の住民参加型教育などに使われます。学習者が知識を自ら構成するという構成主義的学習理論とも通じる面があります。
- 批判:抑圧者と被抑圧者という二分法が単純すぎ、教師が「正しい意識」を定めることが別の注入になりかねないという指摘があります。フェミニストの研究者は初期の著作のジェンダー視点の欠如を批判し、具体的な授業方法が乏しいという批判もあります。
参考文献
- Freire, P. (1970). Pedagogy of the Oppressed (M. B. Ramos, Trans.). New York: Herder and Herder.
- Freire, P. (1973). Education for Critical Consciousness. New York: Seabury Press.
- Giroux, H. A. (1983). Theory and Resistance in Education: A Pedagogy for the Opposition. South Hadley, MA: Bergin & Garvey.
- Shor, I., & Freire, P. (1987). A Pedagogy for Liberation: Dialogues on Transforming Education. South Hadley, MA: Bergin & Garvey.