概念と背景
安全保障のジレンマは国際政治学者ジョン・ハーツ(1950)が名づけた概念です。中央政府のない無政府的な国際システムでは各国が自ら安全を確保しなければならず軍事力を増強しますが、他国はその意図を確信できないため同様の措置で応じます。その結果、すべての国が以前より安全でなくなる悪循環が生まれます。歴史家ハーバート・バターフィールド(1951)も同じころ、互いに相手の心の中を見通せないという「絶対的な苦境」が善意の国家同士をも悲劇的な衝突へ導くと論じました。
なぜジレンマなのか
- 意図の不確実性:防御用の兵器も攻撃に使えますし、現在の善意が将来も続く保証はありません。
- 相対的利得への懸念:相手の軍事力の増大は自国の相対的な弱体化と受け止められます。
- スパイラル・モデル:一方の措置が相手の対抗措置を呼び、さらに大きな措置へとつながり、軍拡競争と危機を深めます。
こうして安全を高めようとする合理的な選択が、集団としては非合理な結果を生みます。協力すれば皆が得をするのに裏切られる危険のために協力が難しいという点で、囚人のジレンマとしばしば比較されます。
ジャーヴィスの攻撃・防御バランス
ロバート・ジャーヴィス(1978)はジレンマの強さを二つの変数で説明しました。
- 攻撃・防御バランス:技術や地形の面で攻撃が有利なら先制攻撃の誘惑が強まりジレンマは深刻化し、防御が有利なら緩和されます。
- 攻撃・防御の識別可能性:防御用と攻撃用の兵器を区別できれば、国家は防御的な態勢だけを整えて意図を示すことができます。
攻撃が有利で識別不能な世界が最も危険で、防御が有利で識別可能な世界が最も安定します。この議論は防御的リアリズムの土台となり、グレイザー(1997)はジレンマの強さが相手の動機に関する情報によって変わると整理しました。
事例
- 第一次世界大戦前夜:列強が攻撃優位を信じ(攻勢崇拝)動員競争を繰り広げ、危機が戦争に発展したという解釈が代表的です。
- 冷戦期の核軍拡競争:ミサイル防衛さえ相手の報復能力を無力化する攻撃的措置と見なされ、1972年の弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約で防衛システムが制限されました。
- 東アジア:韓国へのTHAAD配備をめぐる米韓と中国の認識の違い、海洋領有権紛争のなかでの海軍力増強競争が、安全保障のジレンマの枠組みでよく分析されます。
緩和策と批判
信頼醸成措置(CBM)、軍備管理条約、軍事演習の事前通告と相互査察、防御中心の軍事態勢などがジレンマを和らげる手段として挙げられます。ブースとウィーラー(2008)は、相手の立場から状況を考える「安全保障ジレンマへの感受性」と信頼がジレンマを乗り越える鍵だと論じました。軍事中心の伝統的な安全保障概念を広げる議論は包括的安全保障で扱っています。一方、攻撃的リアリストは国家が実際に拡張の意図を持つことが多く「誤解から生じる対立」という説明は誇張だと批判し、コンストラクティビストは脅威認識そのものがアイデンティティと相互作用のなかで形成されると強調します。
参考文献
- Herz, J. H. (1950). Idealist internationalism and the security dilemma. World Politics, 2(2), 157–180.
- Butterfield, H. (1951). History and Human Relations. London: Collins.
- Jervis, R. (1978). Cooperation under the security dilemma. World Politics, 30(2), 167–214.
- Glaser, C. L. (1997). The security dilemma revisited. World Politics, 50(1), 171–201.
- Booth, K., & Wheeler, N. J. (2008). The Security Dilemma: Fear, Cooperation and Trust in World Politics. Basingstoke: Palgrave Macmillan.