「刺激する」という名の誕生
1849年、ドイツのアルノルト・ベルトホルトは、去勢したオンドリに精巣を移植し直すととさかと鳴き声が戻ることを示し、神経ではなく血液中の物質が体を調節しうることを初めて示唆しました。1902年、イギリスのウィリアム・ベイリスとアーネスト・スターリングは、神経をすべて切っても小腸から出る物質(セクレチン)がすい液の分泌を起こすことを発見し、1905年にスターリングがギリシャ語で「刺激する」を意味する「ホルモン」という言葉を講演で紹介しました。これに先立つ1901年には、高峰譲吉と上中啓三が副腎からアドレナリンを結晶として取り出しています。1915年にはエドワード・ケンダルが甲状腺からチロキシンを結晶化しました。
インスリンからステロイドまで
1921〜22年、トロントのフレデリック・バンティングとチャールズ・ベストはすい臓からインスリンを抽出し、糖尿病患者の命を救いました。1929年にアドルフ・ブーテナントは女性ホルモンのエストロンを分離し、1949年にはフィリップ・ヘンチとケンダルが副腎ホルモンのコルチゾンで関節リウマチの症状を劇的に軽くして翌年ノーベル賞を受けました。1960年、ロザリン・ヤローとソロモン・バーソンは抗体と放射性同位体で血中インスリンを微量まで測るラジオイムノアッセイを開発し、ホルモン検査の時代を開きました。ホルモンは大きく、ペプチドホルモン(インスリンなど)、ステロイドホルモン(コルチゾール、エストロゲン、テストステロン)、アミノ酸誘導体(甲状腺ホルモン、アドレナリン)に分けられます。脳の視床下部と下垂体がほかの内分泌腺を指揮し、血中濃度が上がると分泌を減らす「負のフィードバック」でバランスを保ちます。ドーパミンのように神経伝達物質でありながらホルモンとしても働く物質もあります。
現代のホルモン療法と誤解
2002年、米国の女性健康イニシアチブ(WHI)研究で閉経後のエストロゲン・プロゲスチン併用療法が乳がんや心血管のリスクを高めるという結果が出ると、ホルモン補充療法の利用は急減しました。その後、年齢や閉経からの期間によってリスクと利益が異なるという再解析が続き、いまは一人ひとりに合わせて判断します。2021年には腸のホルモンGLP-1をまねたセマグルチドが肥満の臨床試験で平均約15%の体重減少を示し、大きな注目を集めました。一方、漠然と「ホルモンバランスの乱れ」のせいにする説明や、検証されていないホルモンサプリには注意が必要です。疲れ、体重の変化、月経の異常が続くときは自己判断せず、内分泌内科などの医師に相談してください。
この記事は一般的な健康情報であり、診断や治療に代わるものではありません。症状が続く場合は医師に相談してください。
よくある質問
- ホルモンと神経伝達物質はどう違う?
- 神経伝達物質はシナプスで隣の細胞にミリ秒単位で信号を伝え、ホルモンは血液にのって離れた器官まで運ばれ、数分から数日かけて働きます。
- ストレスを受けるとなぜ体が変わるの?
- ストレスは視床下部-下垂体-副腎系を刺激してコルチゾールやアドレナリンを分泌させ、血糖や心拍を上げます。この状態が長く続くと、睡眠・免疫・代謝に影響することがあります。
出典確認日:2026-10-26
参考文献
- Berthold, A. A. (1849). Transplantation der Hoden. Archiv für Anatomie, Physiologie und wissenschaftliche Medicin, 42–46.
- Bayliss, W. M., & Starling, E. H. (1902). The mechanism of pancreatic secretion. Journal of Physiology, 28(5), 325–353.
- Starling, E. H. (1905). The Croonian lectures on the chemical correlation of the functions of the body. The Lancet, 166(4275), 339–341.
- Kendall, E. C. (1915). The isolation in crystalline form of the compound containing iodin, which occurs in the thyroid. JAMA, 64(25), 2042–2043.
- Banting, F. G., & Best, C. H. (1922). The internal secretion of the pancreas. Journal of Laboratory and Clinical Medicine, 7(5), 251–266.
- Butenandt, A. (1929). Über "Progynon", ein krystallisiertes weibliches Sexualhormon. Die Naturwissenschaften, 17(45), 879.
- Hench, P. S., Kendall, E. C., Slocumb, C. H., & Polley, H. F. (1949). The effect of a hormone of the adrenal cortex (17-hydroxy-11-dehydrocorticosterone: compound E) and of pituitary adrenocorticotropic hormone on rheumatoid arthritis. Proceedings of the Staff Meetings of the Mayo Clinic, 24(8), 181–197.
- Yalow, R. S., & Berson, S. A. (1960). Immunoassay of endogenous plasma insulin in man. Journal of Clinical Investigation, 39(7), 1157–1175.
- Rossouw, J. E., et al. (Writing Group for the Women's Health Initiative Investigators). (2002). Risks and benefits of estrogen plus progestin in healthy postmenopausal women. JAMA, 288(3), 321–333.
- Wilding, J. P. H., et al. (2021). Once-weekly semaglutide in adults with overweight or obesity. New England Journal of Medicine, 384(11), 989–1002.
