概要
シティズンシップ論は、イギリスの社会学者T・H・マーシャルが1949年のケンブリッジ大学での講演をもとに1950年に刊行した『シティズンシップと社会的階級』で示した理論です。マーシャルはシティズンシップを「共同体の完全な成員に与えられる地位」と定義し、この地位をもつ人はみな、それにともなう権利と義務において平等であるとしました。資本主義市場が生み出す階級不平等と、すべての成員を平等に扱うシティズンシップがどう共存するのかが中心的な問いでした。
シティズンシップの三要素
- 市民的権利:身体の自由、言論・思想・信仰の自由、財産を所有し契約を結ぶ権利、裁判を受ける権利など、個人の自由に必要な権利です。対応する制度は裁判所で、イギリスでは主に18世紀に確立しました。
- 政治的権利:政治権力の行使に参加する権利、すなわち選挙権と被選挙権です。対応する制度は議会と地方議会で、19世紀から20世紀初めにかけて選挙権が段階的に拡大しました。
- 社会的権利:最低限の経済的福祉と安全への権利から、社会の標準的な生活水準に沿って文明的な生活を送る権利までを含みます。対応する制度は教育制度と社会サービスで、20世紀の福祉国家で本格化しました。
シティズンシップと社会的階級
マーシャルは、シティズンシップは平等の原理、資本主義の階級体系は不平等の原理であり、両者は緊張関係にあると考えました。初期の市民的権利は契約の自由を保障することでむしろ市場経済を支えましたが、社会的権利は市場所得とかかわりなく教育・医療・所得保障を提供し、階級間格差の影響を弱めます。社会的権利は所得を完全に平等にするのではなく、すべての市民に共通の地位と経験を分かち合わせることで階級の意味を弱めるとマーシャルは説明しました。この見方は福祉を施しではなく市民の権利とみなす根拠となり、普遍主義の福祉や社会保険を正当化する論理として用いられました。
社会福祉政策における意味
- 権利としての福祉:救済がスティグマと市民資格の剥奪をともなった救貧法の時代と異なり、福祉をシティズンシップの一部と位置づけました。
- 福祉国家発展の説明:シティズンシップの拡大を福祉国家発展の原動力とみる見方は、社会福祉政策の発展理論のなかでシティズンシップ論として整理され、産業化論や権力資源論と比較されます。
- 脱商品化:エスピン=アンデルセンは社会的権利を、労働市場に依存せずに生活できる度合い(脱商品化)として測り、福祉国家の類型を分けました。
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批判と論点
- イギリス中心・進化論的な記述:マイケル・マンは、シティズンシップの発展は支配階級の戦略によって国ごとに異なる経路をたどったと論じ、ブライアン・S・ターナーは上から与えられた受動的シティズンシップと下から勝ち取った能動的シティズンシップを区別して、単線的な発展モデルを批判しました。
- 排除された集団:女性は男性より遅れて政治的権利を得たこと、移民やマイノリティがシティズンシップの境界の外に置かれやすいことを、フェミニズムや多文化主義が批判しています。
- 社会権の後退:1980年代以降の新自由主義は社会的権利を義務や就労と結びつけたり縮小したりし、権利と義務のバランスをめぐる論争が続いています。
関連項目: 第三の道(ギデンズ)、ウィレンスキー=ルボーとティトマスの福祉モデル、多文化主義
参考文献
- Marshall, T. H. (1950). Citizenship and Social Class and Other Essays. Cambridge: Cambridge University Press.
- Mann, M. (1987). Ruling class strategies and citizenship. Sociology, 21(3), 339–354.
- Turner, B. S. (1990). Outline of a theory of citizenship. Sociology, 24(2), 189–217.
- Esping-Andersen, G. (1990). The Three Worlds of Welfare Capitalism. Princeton, NJ: Princeton University Press.
- Marshall, T. H., & Bottomore, T. (1992). Citizenship and Social Class. London: Pluto Press.